責任編集の躓き

白石火乃絵


 ふつう大したことのないように見えるはずのことでも、「こだわり」にふれてしまうと、ほとんど存在の、といっていいくらいの危機にみまわれてしまう。


 前々2月号から「偏向」上で自由投稿を始めた。さっそく、わたしの知り合い二人から投稿があり、うち高校時代の3つ年下の後輩にあたるS.H.U.よりは17歳は二度あるかが寄せられた。自由投稿については、どんな原稿でも良いと告知しており、それにたいしコメントのたぐいはいっさいつけず掲載するというのを原則としている。しかし、両投稿ともにわりあいつきあいの長い知人からのものであったので、特殊ケースとして、「今月の自由投稿二篇及び「書く事」について」というわたしの文章を、同時掲載した。そのなかで、「17歳は二度あるか」にたいしては批判めいたことを書いている。その元の冒頭で彼は、わたしの高校時代の後輩であると、自ら断っていることもあり、そのばあいどうしても彼の原稿についてのわたしの感想を、横並びで掲載せずにはいれなかった。そうしないでは、白石火乃絵個人の思想的態度としても、「偏向」の責任編集者としても、いわば損害を被ると思ったから。

 つづく3月号に、わたしの感想(応答)に対する応答として、再びS.H.U.からの返答が寄せられた。私領域にて送られてきたメッセージをそのまま掲載してほしいという依頼である。責任編集者としてわたしはこれを自由投稿として受け容れることにきめた。「17歳は二度あるか」への応答への応答」というタイトルの文書だ。

 わたしは、これにたいしても、「大いに困る」と感じ、長めの応答を書いてみたものの、掲載するかどうか考え込み、やがて決意し、随分短くした。リリース前の確認作業にて、S.H.U.が事前にその小文を読んだらしく、共通の友人を経由して、電話で話すということになった。「なぜたかだか文章などで、こうも関係を軋ませなくてはならないのか。それは本意ではない」というような内容だ。わたしは、「書く事」をその生活の中心においている(つもりの)人間であり、たかだがそれが存在条件なので、またしても参ってしまった。

 いかにマイナーな同人誌であっても、自分の考えをおおやけ(誰もが見ることのできる場)に文章としてあらわすなら──たとい身内からであっても──いかなる批判をも受けて立つのが態度というものではないか。そして文章の応酬は文章において、第三者としての読み手も納得のいくかたちで、完結すべきではないか、とりわけ雑誌上での応酬であるのなら。それを直接の電話でのやりとりで、ふたりの間で、人間関係において片付けていいわけがない。私事は私事、文章は文章だ──こと考えというものをこの世にあらわす場合には。

 電話してわかったことは、ようは文章やそれ発表することについての、覚悟がちがった。かたやS.H.U.は匿名であり、白石火乃絵は逃げも隠れもできぬ一人格である。そもそもの非対称性があった──とはいえ、私家版(『「偏向」白堊紀』)しか紙の本をもっていないわたしであるから、その活動の何から何まで(Web発表の第一作品『崖のある街 -Deluxe Edition-』や「偏向」、白石火乃絵自体)思い込みモウソウといえば思い込みモウソウで、ナメられても仕方がない、S.H.U.が受け取ったわたしや「偏向」がそのものなのだから、それを鏡に、ああ自分のやって来たことはどこまでいっても素人の仲良しごっこにすぎなかったのだな、と思い直し、抵抗をよした。3月号はそのままわたしの「応答への応答への小さき応答」を外してリリースすることに。

 そして長い抑鬱が始まる。──

 むずかしい。編集者でありながら一執筆者であること。あんまりわたしの主張がうるさすぎると、けっきょく「偏向」は白石火乃絵の空間と化してしまわないか。それはわたしが「偏向」を始めた初心に反する。白紙のような自由な広場に、制約なしで自分の文章を発表したかった。単独執筆&編集の個人誌をやればよいかとも思ったが、そうではない、わたしには同人雑誌への直感があり、そのおもむくがままに「偏向」を始動させた。説明はおっくうだが、自己完結に終わらない、原子と原子がぶつかって、生まれる化学反応を求めていた。自らの執筆環境に他者の自由意志というわたしにとっての偶然を招きいれてみたかった。そこに少し必然をブレンドして、つまり自由意志を発揮してくれるであろう、高校時代の同級生の顔が浮かび、声をかけた。そして、想定通り、想定以上の原稿が毎月あがってくることとなり、楽しい日々がはじまった。

 自由投稿は、その延長線で、さらなる偶然の導入だ。今後も続けていく。そして偶然は偏向をきたしつつそのつど轍と化していくだろう。「偏向」が止まることはない。その車輪は、「こだわり」を轢きくだいて回る。わたしはじゃじゃ馬ならしにはなっても、けっしてコントローラーにはならない、ましてルーラーなどには。編集者でありながら一執筆者であること。──ようするに鞍の上で雄叫びをあげている素人ジョッキーであればよかった。


 雄叫び──
応答への応答への小さき応答

 頁数への編集的配慮から、この隙間に、邪魔かもしれませんが、どうしても書いておきたいことを挾ませて下さい。

 前2月号にて、S.H.U.の「17歳は二度あるか」に対し「今月の自由投稿二篇及び『書く事』について」の大部分で、その応答としてやたらに長い文章を書かずにいられなかった、のみならず、月刊冊子のバランスを崩すことうけあいながら、編集者として、その掲載を断念できなかった。S.H.U.の文章を、そのままで開かれたかたちにするべきであったのに、掲載時点ですでに、わたしの即時応答によって、読者の自由に読み込んで考えられる余地を奪いかねない──そうと分かっておきながら、余計な真似をせずにいられなかったのは、やはり「偏向」責任編集者として、どうしても譲れないところがあったからだ。

言いたいこと言うだけ言って、「あがり」かよ。」──これが「17歳は二度あるか」への感想でした。今回の「応答への応答」の中の〝白石さんの詩を読めやお前ら、とも言いたくなってしまうのです。お前らは中途半端だから、こう、真剣に自分と向き合った生き方が怖いんだろ〟という箇所なども、詩作者としても「偏向」責任編集者としても、やはり、おいおいおいおいと思わずにいられない。感銘や尊敬を語りながらそのものを貶めていることに気づいて下さい。「手前の喧嘩に、他人を担ぎ出すのは卑怯だ」これが詩作者としての気持で、「そこは、『ぼくの「17歳は二度あるか」を読めや』といわんかーい」というのが、編集者としてのおせっかい上等です。

(4月号追記。だいいち、或る人が編集している雑誌上で、たとい建前上であったとしてもその人を〝称える〟ような言動をされると、ちんけなものであったとしても権力構造を発生させることがわかりませんか。そして称える方といえば、その称えた相手にほんらいは自らの為すべきことをなすりつけ、手前では何もしないのが常です。〝お前ら〟と呼ぶ相手に求めた〝真剣に自分と向き合った生き方〟をきみはその文章を「書く事」において、はたして実行しているのでしょうか。他者たちを駒にチェスをたしなむのはおやめください。他者にたいして心から尊敬を抱いている人物ならばそんなことはしない。リスペクトを表明していいのは、その内容をわれとわが身に引き受ける覚悟のある者のみと存じます。

 詳かに指摘しませんが、「あがり」にして欲しくないので、「S.H.U.くん、きみの原稿は駆け出しだ。

偏向」はいつでもきみの忍耐強い原稿展開を待つ。

 S.H.U.くん、きみはぼくの「優しさ」について語ったけれど、

ぼくはやさしくなんかない
ずるい人だ 君は
(ずるい、ずるい、ずるい、ずるい)
ぼくのじゃない
ぼくのじゃない
ぼくのじゃない
ぼくに背負わせないで
RCサクセション「やさしさ」 

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