ルンバとの友情

市村剛大

 最近ルンバを買った。自分は文京区根津の8畳のボロいワンルームアパートに住んでいる。ロボット掃除機なんて買っても意味はないと思うだろう。自分も全くそのような考え方を持っていて眼中になかったのだが、ずっと使っていたマキタの掃除機のフィルターを切らしてしまいうんざりしたためメルカリで掃除機を調べていたところ、ルンバが9000円で売っているのが目に入った。調べたところ部屋の形状を覚えられない廉価版モデルらしいが、ワンルームなら特に問題ないらしい。9000円ならダメでも諦めがつくなと思い、あまり悩まずに購入した。

 ルンバとは比較的古くからの付き合いだ。自分の同級生の家にルンバがあったことに感化されたのか、自分が高一くらいのとき(2011年ごろ)母親が突然欲しいと言い出しルンバは市村家の家電群に突如加わった。たまに自分のベッドの下で異物を吸って異常停止しピイピイ言っており、「ルンバが死んだらどうするの」と怒られたのを覚えている。あるときからルンバは操作ミスにより言語設定が変わってしまい、ドイツ語を喋るようになった。特に不自由がなかったためその後退役するまでずっとドイツ語を喋っていた。日曜の朝、まだみんな寝ている静かな家の中を、「グーテンモルゲン」みたいな音声を発しながらせっせと掃除をしていた。

 ルンバが明らかに従来の家電と異なる点は電化製品でありながら「動き回る」点だろう。ペットもかつては「動き回る」家具としての性質を持ち合わせていた。猫はかつて菌を媒介するネズミを捕らえたし、犬は森から現れる獣たちを追い払った。そういう意味で、ルンバはかつてのペットに近い立ち位置なのではないだろうか。あるサイトのレビューで「妻がルンバをゴミがある場所につれて行き吸わせている。掃除機を使えばいいのに意味がわからない。」と怒りのコメントを見かけた。自分はその妻の気持ちがなんとなくわかる。ルンバオーナーは自ら動き回るルンバをどこか愛着のある生き物のように捉えていて、ゴミを吸わせることを餌やりのように感じてしまっているのではないだろうか。ルンバはもうペットとしての道を歩み出しているのかもしれない。

 2日後、買ったルンバが届いた。久々に実物を見る。形も大きさもあのときのルンバと変わらない。箱を見て、ルンバは英語でRoombaと書くことに初めて気づく。Roomと掛けているのだろうが、日本語だと何にも掛かっていない。マンボでもサンバでも日本人にとっては変わらないだろう。だがルンバという名前は「るんるん」した感じがしてマンボより、サンバよりいい名前な気がする。いや、実はサンバの方がいいかも。少し充電して、いよいよ背中の”CLEAN”ボタンを押す。少しだけ音程が違う気がするが、かつて聴き慣れたあの起動音だ。友人に久しぶりにあったら少し変わったようで、やっぱ根は変わってないな、みたいなそんな感じだ。ペットと思い可愛がってやろう。そしてルンバはモーターのギヤボックスの音を立てながらゆっくりと動きはじめた。そして近くに落ちていた古いギターの弦を吸引し、タイヤに絡まり、異常停止した。二十秒余の出来事であった。

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