フィールドワークとして生きる

R.M.

 仕事で「顧客理解を深める」ことを目的にインタビューやアンケートをよく行う。例えば新規事業の提案をブラッシュアップするために、ターゲット層にインタビューを行って課題を探ったり、課題を抱えている人が世の中にどのくらいいるのか推定するためにアンケートを行ったりする。インタビューの強みは質的に分厚い定性データから深い洞察が導ける点だとされる。調査テーマに直接関係のないことも幅広く聞くことで、対象者の価値観に触れ、その人がある行動をとる理由を理解できるようになるとされる。行動の理由が分かるので、その人が抱えている課題に対して、どのような解決を提供すれば喜んでもらえるか、予想を立てることができるとされる。アンケートへの回答からよりも、インタビューで聞ける話からの方が対象者を深く知れるのは言うまでもない。しかし、インタビューさえすれば人を深く知れると安易に考えることには反対したい。

 ここで言うインタビューはデプスインタビューとも言われる。調査会社のウェブサイトでは次のように定義されている。

デプスインタビューとは、定性調査の手法の1つで、対象者とモデレーターが〝1対1〟でインタビューする調査手法である。1つのテーマについて1対1でじっくり話を聴くことが出来るので「対象者の人となりを深く理解しやすい」、「大勢の他人の前では話し難いことも聴くことができる」、「複雑で込み入ったことを詳しく聴ける」という特徴がある。1人あたり1~1.5時間、1020人を対象に実施されることが多い。

株式会社マクロミル「デプスインタビューとは」<https://www.macromill.com/service/words/depth-interview/ (最終確認日:2023年6月24日)>

デプスインタビューを行う環境は様々である。調査会社はインタビュールームと呼ばれる、マジックミラーのついた専用の部屋を持っていることがある。そのような部屋に対象者に来てもらったり、オフィスの一室をインタビュールームのように仕立てて来てもらったりすることもある。また、対象者自身の家を訪問して行うこともあるし、オンライン会議で行うこともある。問題は、いずれの環境も人為的に作り出されている点である。インタビューのために特別に用意された部屋に対象者を連れ出している。本人の家を訪問したりオンライン会議に自宅から入ってもらったりする場合でも、日常生活から切り離されたインタビューのためだけの時空間が作られている点は変わらない。対象者は日常から切断された環境で、日常生活について根掘り葉掘り聞かれる。これは、とてつもなく不自然なことである。インタビュー会場で、対象者は過去の行動やそのときの心情について思い出しながら語ってくれるが、記憶は不完全だったり補正がかかっていたりする。また、会場の雰囲気が語りの質に影響を及ぼす。そうして得られた定性データは、人についての洞察を得る手がかりになり得るが、洞察を保証するものではない。

 加えて、そもそもインタビューは明確な問いがないと行えないという問題がある。インタビューを準備する際は、調査で明らかにしたいことを意識して質問項目を練る。このとき調査主体は何かしらの問いを持っている。その問いへの答えを探るために、問いを対象者への質問という形に変換して投げかける。しかし、あらゆる問いは何かしらについての問いであり、領域や範囲を持っている。問いを立てている時点で、世界の切り取りを行っている。それは、ある種の決めつけともいえる。問いのうえに成り立つインタビューでは、問いに関わることしか知ることができない。しかし、人の深みは特定の問いの範囲にはおさまらない。

 以上が私の考えるインタビューの限界である。まとめると、日常から切り離された環境で、事前に設定した問いの範囲で情報を集めてしまうことである。これらの限界を乗り越える手法としてフィールドワークや参与観察があると考えている。フィールドワーカーは出来事のなかに身を置き、自ら現象を体験して自己変容をしながら対象を理解する。調査の環境はフィールド自体であり、対象の日常とつながっている。また、フィールドワーカーも事前に問いを用意してフィールドに出向くが、出来事を体験するなかで問いは解体され、再生成される。結果的に当初の問いとは全く異なる問いが生まれ、予想していなかった気づきを得る。自分のなかの当たり前を崩し、世界観を揺さぶられてこそ、新しい切り口で世界をみることができる。

 では、「顧客理解を深める」仕事にも、フィールドワークを活用すればいいということになる。フィールドワークが問いを生成する調査だとすると、それは問いに基づくインタビューの前に行うのが適切だろう。フィールドワークで出来事に巻き込まれ、自ら変容することを通して対象者の世界の見方を学ぶ。そこから新たに生まれる問いに基づいて、仮説を立て、インタビューで対象者の課題を探索するというのが理想的な流れだと思う。しかし実際にはフィールドワークを商品企画に活用している例は少ない。その理由は、目的があいまいな割に時間がかかり、得られたデータの扱いも難しいからである。それぞれについてもう少し考える。

 目的があいまいという点は、フィールドワークのなかで問い生成されることと対応している。何を明らかにしたいのか明確にしきらないことで、決めつけを避け、出来事に巻き込まれることができる。あえて目的を定めず、未知に身を開く姿勢は、目的に合致した直線的な行動をよしとする企業という組織と相性が悪い。調査の途中で問いが生まれるということは、企画書の通りにフィールドワークを行うことが原理的に無理ということである。

 目的があいまいな割に、フィールドワークには時間がかかる。人類学のフィールドワークは2年以上のものが多く、かなり長期である。企業がエスノグラフィー調査を行う場合でも少なくとも数日間はフィールドワークに時間をかけているようである。実査に加えて、データの考察にも時間がかかる。フィールドでの出来事を詳細に記したフィールドノートは膨大な量になる。それを整理してああでもない、こうでもないと考える過程には、多くの場合実査以上の時間がかかるようである。

 さらに、フィールドワークで得られたデータをビジネスで活用することにも困難がある。データを営利活動に利用するためには、学術研究の場合よりも慎重に取り扱いをする必要がある。インタビューは調査目的や実査の区切りがはっきりしているため、調査に対する対象者の同意を得てから行うことができるが、フィールドワークの場合同じようには進まない。人類学者でありながら積極的に企業との協働を行っている比嘉は以下の様に述べる。

こうした「インフォーマルな場での」「何気ない雑談」のほうにこそ、私たちにとって多くの気づきをもたらすような豊かな知見が含まれていることは、人類学者のような調査経験をもつ者であれば誰もが経験的に知っており、だからっこそ現地に長期滞在するフィールドワークの意義は大きい。しかしそのようなスタイルの調査をおこなうことや、そこで得られた気づきを「データ」として取り扱うことに関しては、ビジネスの論理にうまくなじまないという課題があるのもまた事実である。

北川・比嘉・渡辺(2020).『地道に取り組むイノベーション 人類学者と制度経済学者がみた現場』ナカニシヤ出版

フォーマルな調査枠組みをはみ出した経験から得られた気づきを、フォーマルに扱うにはどうすれば良いのかという問題にぶつかる。計画外の出来事に巻き込まれることを事前に予想し、あらかじめ調査協力への同意をとることは難しい。これも直線的な思考を求めるビジネスと、未知に身を開くフィールドワークの矛盾点だろう。

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