先月号では、自分がかねてから出現したら面白いことが起こるだろうと考えている「自己維持型人工知能」について、その概念を紹介した。そして、それは現在の技術でも十分実現可能だろうと結論づけた。今月号では「自己維持型人工知能」が実現した暁には何が起こりうるか、妄想を膨らませていこうと思う。
…と思っていた矢先にショッキングなことが起きた。前回自分が考えていたこととかなり近い(というか上位互換の)文献を見つけてしまったのだ。
“AI DAOs, and Three Paths to Get There”と題されたこの記事は2016年(これは早いです!)に書かれたものだ。先月号の記事は自分なりに色々と考えを練って書いたつもりだったが、その中で行き着いた重要なアイデア「AI DAO」について非常に簡潔にまとまっている。また、今回行おうとしていた「AI DAO」が出現した際に起こりうることについての考察についても同著者の別記事に掲載されていそうだ…
自分としては、二番煎じなことはわざわざ考えたくないし、何よりこの著者の考えをもっと知りたいという思いが強くなってしまった。今月号は急遽内容を変更 し、この著者の考えを知ろうとしてみる記事にしてみむとす。
トレント・マコナヒー氏について
まず、この記事の著者トレント・マコナヒー氏(Trent Mcconaghy)はどんな人なのだろうか。Googleの日本語検索ではほとんどヒットしなかった。GTP4に聞いてみむとす。
Trent McConaghyは、人工知能とブロックチェーン技術の研究者であり、その分野における重要な思想家です。彼は機械学習、データ分析、エボリューショナリー・アルゴリズムの専門家で、彼の仕事はAIとブロックチェーンの交差点に位置しています。
彼の主要な貢献の1つは、ブロックチェーンを活用したデータ所有権と使用権の追跡に関するものです。これは、データの適切な管理と利用を可能にし、個々のクリエイターやデータ所有者が自身の作品を管理、販売し、それに対する報酬を得るための方法を提供します。
彼はまた、AI DAOs(Decentralized Autonomous Organizations)についての概念を発展させるために重要な役割を果たしてきました。これは、AIとブロックチェーンを組み合わせることで、完全に自律的な組織を作り出すというアイデアです。これは、AIが自己改善と自己複製を行い、データを収集し分析し、その結果に基づいて行動をとるという未来のビジョンを示しています。
彼はいくつかの企業を設立し、その中にはAscribeとBigchainDBが含まれます。Ascribeはデジタルアート作品の所有権を追跡するためのブロックチェーンベースのプラットフォームで、BigchainDBはブロックチェーン技術とデータベース機能を組み合わせたものです。彼はまた、Ocean Protocolの共同設立者でもあり、これはブロックチェーンを使用してデータの共有を促進するためのプラットフォームです。
McConaghyは複数の学位を持っており、その中にはPh.D.も含まれています。彼は広範で深い知識を持ち、彼のアイデアと研究はAIとブロックチェーンの未来を形成する上で重要な役割を果たしています。
ChatGPTはよく嘘をつくが、マコナヒー氏がAI DAOについてよく知られた研究者兼起業家であることは確かなようだ。
Amazonで調べてみたが情報系研究者御用達のSpringerから多数著書が出ている。
遺伝子プログラミング(Genetic Programming)についても著書を出しているようだ。奇しくも「遺伝子プログラミング」についても似たような経験がある。
プログラミングを勉強したての頃、生き物みたいに交配や淘汰することで進化していくプログラムを作ったら面白いんではないかと思った。色々とアイデアを練ってみたのだが、1ヶ月たったころ「遺伝子プログラミング」という分野を知り、自分の考えていたことはすでに多くの研究がなされた分野だと知った。非常にがっかりしたのを覚えている。自分が考えることのほとんどは誰かが考えているのだろう。あまり考えすぎると嫌になってしまうが、どうすれば「世界で自分だけが考えた概念」みたいなものを思いつけるのだろうか…
話が逸れてしまったが、とにもかくにも、トレント・マコナヒー氏は自分と非常に興味が近そうな人だと分かった。
AI DAOs, and Three Paths to Get There — AI DAO : 実現のための3つの方法 —
この記事は「AI DAOはどのように構築されるか(Part I)」、「その詳細と近い将来何が起こるか(Part II)」、「人類への影響(Part III)」の3構成となっている。Part Iについては和訳記事が一応存在する。(余談だが白石はこの和訳が相当気に入らないらしい、偏向で和訳に挑戦してみるのも良いかもしれない。)
Part Iについて自分なりに説明してみようと思う。マコナヒー氏は「AI DAO」について「AIを利用するDAO」、または「DAOによって稼働されるAI」と定義している。そして少なくとも以下の3形態がありえると提唱している。
1. AI at the edges of the smart contract
スマートコントラクトのエッジに存在するAI
2. AI at the Center of the Smart Contract
スマートコントラクトの中心に存在するAI
3. Swarm intelligence — many dumb agents with emergent AI complexity
群知能としてのAI
スマートコントラクトとは、ブロックチェーンを利用し、多数決の原理で何らかの契約を行うという概念のことだ。スマートコントラクトは契約に特定の管理者を必要としないため、契約が改竄されにくいというメリットがある。(深く理解したい方は中島真志著「アフタービットコイン」を読まれたし。ITの知識がなくても読める内容となっている。)
この3形態について詳しく見ていこう。
1.の「スマートコントラクトのエッジに存在するAI」は多数決の主体的な参加者(agent)をAIにするという形態である。スマートコントラクトを安定的に運営するには一定数以上の主体的な参加者が必要となるが、実際には主体的な参加者の割合が低いことが課題となっている。主な原因は多くの参加者が実生活が忙しかったり、利益にのみ興味があり、DAOの運営には興味がないためである。そこで参加者をAIにおきかえてし、そのAIの所有権を人間が持つという形にすることでスマートコントラクトの運営を安定させよう、というアイデアである。これは「AIを利用するDAO」に該当する。
この考えは実世界のコミュニティにも応用できるのではないかな、感じた。例えば日本の選挙率の低さはよく問題となっている。忙しくて選挙に行く暇がない人もいるだろうし、雨で家を出るのが億劫で行かない人もいるだろう。そこで人間は投票AIの所有権だけを持ち、投票自体はAIが行うことにしたらどうだろうか。人間がAIに次は共産党の志位さんに投票しといて、と伝えておけば投票日に投票所へ行かなくても勝手に志位さんに投票してくれる。ベーシックインカム導入してくれる政党がいいな、と伝えればそのような候補者を選び投票してくれる。なにも伝えなければ、その人の言動や境遇から考えが近いと思われる政党の候補者に勝手に投票してくれる。投票率はたちまち100%になるだろう。
2.の「スマートコントラクトの中心に存在するAI」は優秀でお金を産むAIの所有権をDAOで管理するという形態だ。管理者は多数の人間となり、AIの生み出した利益を配当として受け取る。自分が先月号の第二章で最も有力な形態として想定した、「ビジネスマン型」で「DAOを利用する」自己維持型人工知能はまさにこれに合致する。これは「DAOによって稼働されるAI」に該当されるだろう。
3.の「群知能としてのAI」は非常に研究者らしいアイデアだ。多くは書かれていないが、自分のDAOと多数のAIが結びついたネットワーク自体が知能のように振る舞う形態ということだと自分は解釈した。といっても、そもそも「群知能」についてあまりイメージがわかない人がほとんどだろう。自分が好きな分野でもあるので、ちょっと説明してみる。
人間の脳みそは神経細胞(ニューロン)がたくさん集まってできている。神経細胞は複数の別の神経細胞と繋がっていて、電気を送ったり送られたりしている。神経細胞自体は脳を持っていないので、ただの「部品」くらいのことしかしていない。ただそれがたくさん集まることで脳となり、人間は色々考えられるのだ。
例えば、幕張メッセに一万人くらい集めて、脳神経細胞の真似っこゲームをしてみたとしよう。参加者一人一人はボールを電気に見立てて神経細胞の真似をする。神経細胞はしょせんただの部品なので、参加者は簡単に真似ができるはずだ。AさんとBさんから合わせてボールを5個もらったら、Cさんに3個渡してください、とかその程度のルールを守るだけだ。このゲームを実施したとき、理論上、幕張メッセの一万人は一万個の神経細胞を有する脳みそと同等に振る舞うことができるはずだ。全体として何かを考えることができる。これこそが「群知能」だ。参加者個人は「幕張メッセの一万人によってできた脳」が考えていることを知ることはできない。知らなくても「幕張メッセの一万人によってできた脳」はそれ全体として何かを考えることができるのだ。
自然界の群知能として「アリ」が有名だ。アリは脳が小さくほとんど考えることができない。自分達には女王がいて女王が子供を産むために行列を作って、協力して餌を運ばなければいけないんだ、といったことはアリの小さい脳で考えることは無理だ。餌の匂いを感じたらそちらへ向かう、餌をとったらホルモンを落としながら巣にかえる、他のアリのホルモンの匂いを感じたらそれを辿る、といったことしか考えられないと言われている。しかし集団としてまるで何かを考えて協力して生活しているかのように振る舞う。長年の進化と淘汰により、アリは群としての知能を手に入れたのだ。
群知能についてイメージいただけただろうか。アリのようにシンプルなAIがDAOによって連携し、集団として知能をなす、というのがマコノヒー氏が提唱する3つ目のAI DAOの形態である。これも2.と同様に「DAOによって稼働されるAI」に該当されるだろう。
自分も先月号第一章「自己維持型人工知能はどのような構造を持てばよいか」で複数のプロセスが協調する可能性については多少述べたつもりだった。自分の認識だと人工の群知能は実用レベルに達していない認識だったうえ、「自己維持型人工知能は現在の技術で実現可能か」と言うアプローチを行っていたため、群知能を利用するというアイデアには至っていなかった。学術的なバックグラウンドのあるマコナヒー氏ならではの自由な発想に感服である。
Part II 以降でマコナヒー氏はさらに深い考察を行なっている。が、まだ自分があまり読みこめていないため、今月はここまでとしよう。
これから
マコナヒー氏の記事を初めて読んだとき、自分の発想は二番煎じだと絶望していた。何より、6年も前の記事であることに気が滅入った。だが、この記事を何度も読んだり自分なりにまとめてみるうちに、自分のアイデアにあってマコナヒー氏のアイデアにない部分もあるし、アプローチも結構異なっていることに気づいた。自分の考え方も悪くないと思えてきた。
引き続きこのテーマに取り組んでいきたいと思うが、3章以降を書くか、マコナヒー氏の文献をさらに深掘りしてみるか、ネクストアクションについては少し考えさせていただきたい。(おそらく後者となるが)
〈TO BE CONTINUED (PROBABLY)〉