原凌

 仕事。大学に入学したあたりからだろうか、シゴトという言葉は、どこか色褪せたにゅあんすを帯びてしまった。シゴトという言葉が、日常生活で、苦痛と束縛ばかりと結びつかれるのを聞き続けた末に。そして自分の生活が、それによって気持ちのおもむくままにならないことを実体験するにつれて。でも、シゴトの語感は労働の語感とはちがう。言葉が違うのだ。もっと凛とした響きをもった言葉になる。カビの生えた言葉の使い方は、仕事という言葉がさししめしていたところの、本来の意味を隠してしまったように思う。

 「事ニ仕フル」。事に仕えている、その誇りがなければいけないのに。どこにいったのだろう、その誇りは。仕えるべき事、とはなんだろう。


 風をきって走る。人の姿と心とが形をもつ。風貌となって。風格となって。

 駅伝を見るのが好きだ。走っている人を見るのも好きだ。ただ走るというシンプルに、すべてつまっているように思う。それに、箱根駅伝なんかだと、冬の青空や、湘南の海岸や、坂の起伏や、富士や、箱根の険しい山道がランナアとまざってテレビ画面に映るので、なおさら楽しい。走る若いランナアの瞳も、顔も、時として美しくみえることがある。お正月に何となく見始めた駅伝だったが、気づけばすっかり大ファンになっていた。

 道。駅伝がロオドレエスであることもおもしろい。各ランナアの持ちタイムは、トラックで走った記録なのだが、道を走り出すと、トラックの記録というのが、あまり参考にならない。箱根は常に、番狂わせで満ちている。本来そのランナアの実力を表す持ちタイムは、一つの参考資料に成り下がる。登り下りなど、道の特性に適した走り方ができるか、自然条件の変化へ対応できるか、など、その理由は色々あるのだと思う。けれど、それだけではない。幾度も駅伝を見るなかで、気がついたことがある。それはたすきのもつ力だ。

 襷は、他者を背負っている。他者、それは時として、出走が叶わなかった同期であったり、けがに苦しんだ中で支えてくれたスタッフや家族、友人であったりする。襷に物語をもっているランナアが、時として、実力を遥かに超えた走りをみせるとき、その光景は、何度見ても心をふるわせるものがある。それは、襷をかけたランナアが、小さな自分の殻を越えてゆく瞬間であり、普段閉じ込められている所の、小さな自分から解き放たれて、自分と他者の境目がなくなる所に接近する瞬間である。そして、その地点に達した時、そのランナアには、爆発的な力が与えられる。このエネルギイの爆発を目撃したとき、応援する人々にも、その熱が幾分か、分け与えられる。その熱の共有が、駅伝ファンをつくる。何か、忘れかけの心のどこかに、着火されるようなのだ。

 自分は駅伝を走る歓びも、襷を背負う緊張や責任も、直接感じることはできなかった。応援で、幾分かそのエネルギイの存在を追体験し、共有するにすぎない。けれど、ランナアと襷の存在は、常に一つのことを思い出させてくれる。じぶんのまえには、走者がいて、じぶんのあとには、走者がいる。自分は襷を引き継ぎ、次に渡すひとりのランナアにすぎない。その区間で、全力をつくすだけということ。自分の前を走って襷を渡してくれた、その走者を実感することと、自分の後にも、襷をかけた走者がいるにちがいないと信じること。この歴史感覚を肉感レベルでもつこと。これを想像しつづけること、これが事ニ仕フル、のはじまりなのではないか。事ニ仕フル、その時だけ、人は自分を越えた力を持ちうる。それは自分の力ではない。事が授ける力なのだ。自分に仕えるのでもない、ただ、事に仕えたい。事に仕え、風を切って走るうちに、ぼくにも風貌と風格がつくられてゆく。そんな風に、事が、ぼくをつくってゆく。それが仕事の理想。

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