『スタンダアル』ポール·ヴァレリー 私訳

原凌

  フランス大使·ジュール·カンボン氏へ

『ルシアン·ルーヴェン』を読み返したが、三十年前、夢中になっていた時とはまったくちがったもののように感じた。が、僕は変わり、また彼も変わった。ともかく言っておきたいこと。それは、一度目の『ルーヴェン』を編成し直し、増量し、改良した二度目の『ルーヴェン』が、はじめの彼を別物に変えてしまった後でも、昔の読書にあった喜ばしい思い出を引き伸ばし、さらに発展させたということ。とはいえ、かつての歓びを否定することはない。


 ジャン·ド·ミティ。一八九四年、『ルーヴェン』をはじめて世に送り出した彼にとって、世論は、しばしば厳しく立ち現れた。認めよう、当時彼が出版した文章といえば、ぱっとしない、短縮しすぎのきらいがある、大変歪められたとさえ言える代物であったと。それに、次のことも知らないわけではない。ミティ自身が批判されるきっかけを作り出したということ、この本の出版にとどまらず、彼本人を狙った手厳しい批判のきっかけを作りだしたということを。それでも、彼から恩恵を受けた身として、わずかばかりでもあえて弁護をこころみたい。僕らは、ステファン·マラルメ邸で出逢ったのだ。しばしば彼がやってきたのは火曜で、実りあるこの夕方が過ぎ去るころ、幾度となく共に帰路についた。暮れなずむ、ロオマ通りをずっと、煌煌たる巴里中心街へともどるまで、好んでナポレオンやスタンダアルのことを語らいながら。

 当時の僕は、『アンリ·ブリュラールの生涯』やら『エゴチスム回想録』やらを、むさぼるように読んでいた。著名な作品である、『赤と黒』、『パルムの僧院』とさえ比べてみても、これらの作品が気に入っていたのだ。小説の筋、諸々の事件といったものには何ら興味を抱き得なかった。興味を寄せていたもの、それは生き生きとした内的方法、ただそれだけ。その方法において、すべての出来事は関連しあう。その人間を構成するもの、その人の反応、それから策略、内的な策略、こうしたものすべて。ミティは当時『ルシアン·ルーヴェン』の小冊子を準備していて─都合よく整理して、そういいたけば、そういうがいい─、ダンテュ社で発行されるやいなや、この小冊子を僕に贈ってくれたのだ。この本は、言い知れぬ歓びを僕に与えた。そんな僕は、この書物を初めて読んだ者のひとりであり、至る所で、この本を称賛したのだった。


 それまで、恋愛にまつわる作品を読むことは全くなかった。それは随分と退屈するもので、馬鹿馬鹿しく、無価値なものに思われた。僕の青春時代といえば、恋愛を過度に崇めるかと思えば、過度に貶めもした。それゆえ僕は、著名な作品においても、見出したことがなかったのだ。充分に力強く、真実であり、激しく、そして甘美なものを。しかし、『ルーヴェン』におけるや、シャスレイ夫人の造形にかんする驚くべき繊細さ、英雄たちにおける高貴にして深みをおびた種の感情、沈黙の中で高まってゆく愛情の進展、こうしたものを極度に抑制し自分自身にとっても不確かなままそれを保つ技。こうしたものに魅惑され、本を繰り返し手にとってしまったのだった。表現し難いこうした特質によって、奥底から心動かされたのには、僕なりのわけがあろう。とはいえ、そもそも、自分自身、驚いていたわけだ。というのも、それまでに経験したことがなかったから。僕に特有の愛着なのか、作者の技術によってもたらされた愛着なのか、はっきりと区別ができなくなる程に、書かれたものによって錯覚を引き起こされる経験などというものはなかったのだし、今もそれは変わっていない。僕にはペンが見えるし、それを執る者も見える。心配することとてなく、作者の感情なるものも要らない。ただひとつ、作者に求めていること。それは彼自身の内的方法を僕に示すこと、これである。それでも『ルシアン·ルーヴェン』は、忌み嫌っていた混乱を、僕の中にひきおこしたのだった。

 
 田舎や巴里、軍隊や政治、議会や選挙にかかわる生活の描写、ルイ·フィリップ王政初期の魅力的な戯画、溌剌とした輝やかしい喜劇、時に軽喜劇まがいの代物、こうしたものについていうと、─『パルムの僧院』が、しばしば歌劇を思わせるように─それらは辛辣さとその着想によって彩られた歓びを、僕に与えた。

 心温まると同時に、溌剌たるもの。これが『ルーヴェン』に初めて抱いた印象だ。気の毒なミティの亡霊に対し、どうしてわずかばかりでも感謝を示さないことがあろうか。魅惑されっぱなしの時間こそ、彼のお陰であるというのに。彼から譲りうけた、荒削りで不完全な『ルーヴェン』。それに歓び、心を動かされたのだ。彼が生み出した初版本を読むことは、今後二度とあるまい。これもまた、充分な理由になる。初版本と出版人へ、親愛なるはなむけの言葉をおくる、その理由に。


 軽喜劇とか歌劇とかいった名を(ほんの少し上に)書き留めるや否や、読者が衝撃を受ける様を予感する。文学における階級をこんな風にごちゃまぜにされることを、読者は恐らく好まないだろう。スタンダアル。ニイチェやテエヌによって崇められた人物。スタンダアル。それはほとんど哲学者にして、才気ばかりの単純な男たちのそばに置かれたとしたら、驚かせてしまいかねない人物。しかし真実と人生、これらは無秩序なのだ。驚くべきところのないような類縁関係、親縁関係といったものなど、現実的なものとはいえない…。

 それ故、ある確かな道筋がみえる。スタンダアルからメリメ、『ファンタジオ』のミュッセを経て、第二帝政の小劇へ、メイラックやアレヴィの小劇に登場する皇族やら策略家にまで至る道のりが見える。この気まぐれの道筋がやってくる源は、ずっと遠くにあるかもしれない。(とはいえ、精神の領域におけるや、あらゆるものは、すべてのものより出でて、どこにでも向かってゆくのだ。)

 スタンダアル。喜歌劇の愛好者。彼は、迅速さ、溌剌さ、素晴らしいファンタジーという点で驚異的だったヴォルテールの短編に夢中だったにちがいない。悪魔的な傾向、ルイ十五世の統治末期の、乱痴気騒ぎ的な歓びをもたらす寓話にかこつけて、軽妙で残酷なヴォルテールの作品においては、風刺文学、歌劇、舞踏、政治風刺文、思想体系、こうしたものが渾然一体となっていたのだ。ものごとをありのまま見る精神ならば、どうして考えないでいられよう。ナポレオン三世下最後の日々を楽しませてくれる、しかも情け容赦なしに楽しませてくれる、そんな歌劇の、格調高い先駆者のことを。『バビロンの女王』、『ザディク』『バブーク』、『キャンディード』。次のものを思わずしてこれらの作品を読み直すことなどできない。オフェンバックやその系譜の者たちの音楽に比べ、遥かに精神性に富み、批評眼を備え、そしてずっと悪魔的な、ある種の音楽をきくことを思わずして読み直すことなど。

 結局、あえて考えてしまうのだ。※1ラニュース·エルネストならば、ヴァリエテ座で大喝采を博しただろうし、※2デュポワリエ博士ならパレ=ロワイヤル座をまわすことができただろうと。


  ※1 ラニュース・エルネスト:『パルムの僧院』登場人物
  ※2 デュポワリエ博士:『ルシアン・ルーヴェン』登場人物

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