鷹匠とその儀式、諏訪社とのかかわりがこの村にはあるのだろう。そして岩井堂。岩井堂には直接足を運んだ。ここにもまた、見てみたいものがあったからだ。四の宮権現から北東の方に歩いて数分。とんぼで一杯の水路沿いにすすむと、人家が見えなくなるところに、「お姫尊の岩」のある岩井堂の入り口が見える。岩の地点を示す標識はあったのだが、如

何せん入り口がどこかわからない。山道は道と呼んでよいのかわからない程度には荒れていて、一度道を間違えて墓地のような所にでてしまう。ここではなさそうだと再び入り口付近まで戻り、もう一方の道をゆく。ここもまた、四ノ宮権現と同様のためらいがあった。もう自転車も使えない、どのくらいの距離か見えない。でも、ためらうくらいの場所でないと、行く意義もない。どんどん登っていくと、人の手入れが行き届いた山道になっており、一段と高い所に、お姫尊の岩が見えた。たしかにひときわ大きな岩である。巨石には線彫りされた二尊像が見える。石川氏によれば、禰津領主松平忠節の奥方の物語が、この岩井堂にある。生前、奥方は婦人病に悩まされていたのだが、霊夢の導きでこの巨石に祈りを込めたことで病が治癒した。それから、その喜びを多くの女性と分かち合い、施すため、巨石の近くに庵を結び、病をもつ女性を多く救済したそうだ。

この岩へ導かれたのも女性であり、それからこの岩に祈りをこめてきたのも女性であるということ。この岩がどんな経緯でここに形成されるに至ったかは分からない。この山道に、これほど大きな岩がむき出しで道から飛びだしていたとすれば、自ずから信仰が生まれるのは想像に難くない。きっと、巡業から帰った巫女も、この山道を登って岩に触れたのだろう。ここまで来られた満足感と、もはや自転車では進めぬ山道への未練と、どちらも心に残った。