益田伊織自伝的作品『アンリ·ブリュラールの生涯』において、作者であるスタンダールはくりかえし、回想という営み、そしてそれを言葉にすることそれに内在する困難に言及している。スタンダールは本書において、例えば次のような幸福な思い出に触れている。
ロールでだったと思うが、早くに到着し、『新エロイーズ』を読んだことからくる幸福感、そして今からヴヴェイを過ぎるのだという考えおそらくはロールをヴヴェイと取り違えていたのだに酔いしれていたとき、私は突然、ロールかニヨンから1キロほど上ったところの丘にある教会の荘重な鐘が、大きな音で鳴り響くのを耳にした。私はその丘に登ってみた。私はあの美しい湖が眼下に広がるのを目にした、そして鐘の音は魅惑的な音楽として私の思いに伴奏し、これに崇高な形象を与えた。
そこでこそ私は「完璧な幸福」に最も近いところまで接近していたように思われるのだ。「『完璧な幸福』に最も近いところまで接近していた」瞬間の思い出という割には、その場所さえも、ヴェヴェイだかロールだかニヨンだかその近くだか、随分はっきりしない話ではある。スタンダールは続けて、こうした幸福な思い出について語ることの困難に言及する。