『怪談』所収の「耳なし芳一」で名高いラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が来日したのは一八九〇年、四〇歳の時のことだが、彼がそれ以前からジャーナリストとしてニューオーリンズやマルティニーク諸島に滞在し、様々な記事や著作を著していたことはそれほど知られていないのではないか。私自身、このことを知ったのはハーン縁の地である松江を訪れたことがきっかけだったのだが、この時期に記されたエッセイ(講談社学術文庫『クレオール物語』にいくつかが収録されている)がとても魅力的だった。例えばニューオーリンズを描いた「夢の都」にあるこんな謎めいた一節。
(…)われわれは、ニューオーリンズの住民の中に、不可解なことを喋ったり、自分の心と声を出して語り合う人たちのいることに、別段驚かなくなってしまった。われわれとて、幾多の影に囲まれて夢み、自分の心に声を出して話しかけ、答えのないことばがわが身にこだまして来て、初めて目ざめるような日々を送っているからである。
アイルランド人の父を持つハーンは幼少期をアイルランド・トラモアで過ごしており、その際には乳母から妖精の登場する民話を聞かされて育ったのだという。「幾多の影に囲まれて夢み」るように生きられた生とはおそらくはハーンのものでもあり、そこにはアイルランド、アメリカ、マルティニーク諸島といった様々な土地の精霊たちの記憶が谺していた。『怪談』もまた、単に日本的なものの表れとしてではなく、一人の異邦人によって幾つもの土地の思い出や物語を残響させながら紡がれた汎世界的な想像力の産物として読まれるべきなのだろう。
松江に滞在していた時、宍道湖岸を幾度か散歩し、一度美しい夕陽を眺めることができた。ハーンの妻・小泉セツは「思い出の記」で次のように記している
(池田雅之訳)。
ヘルンの好きな物をくりかえして、列べて申しますと、西、夕焼け、夏、海、遊泳、芭蕉、杉、淋しい墓地、虫、怪談、浦島、蓬莱などでございました。場所では、マルティニークと松江、美保の関、日御碕、それから焼津、食物や嗜好品ではビフテキとプラムプーデン、と煙草。
ハーンもおそらく、宍道湖の夕陽を愛したのではないか。宍道湖は汽水湖、すなわち川の流れと海の水とが交わるところであり、それゆえに豊かな栄養物が集積し、シジミに代表される様々な川の幸、海の幸に恵まれる。そんな宍道湖の在り様は、どこかハーンの想像力の豊かな広がりに重なるようにも思う──土地に根差して脈々と語り継がれてきた物語の広がりと、様々な土地を越境しながら呼応する無数の物語の広がりとが交差する地点で、数多の影が踊りだし、いつしか美しい夢が生まれ落ちる。