まつもtoひのえ

白石火乃絵

…たとえば 始まりも 終りもない 生れた瞬間を たれも 思い出すことはできない 死ぬ瞬間、死んだらのちにどうなるかを たしかにみききし語ってみたものもいない ──けれど銀河の焉りは決定していて 地球を出るつもりもない火乃絵の意志もかたいさればこそ いつ始まったかもわからない終らない歌を しるしつづける契機も得る けっしてうたいつくすことができないうた
(休止中の詩の手帖から冒頭一葉、休止中のぼくのヒーローに)


笑ってないといわれた 一と月に三人もから
そういえばむかし 一緒に暮らしていた好きな人からも 口角をあげていてといわれた もんだいは いつも 笑ってないといわれるときにかぎって ぼくは 愉しいときであった ふかく充実が いつか生れるであろう よかんの中で やることをやるだけだという ひかくてきにつかわしくない安定─死なずともよいてふ 気分にあるさなかだったということだ

大きな笑いのために日々を 仏頂づらですごすことは罪か それがなんらかの罰めいて ひとにうつるからか 笑顔の積みかさねの向うにしか大きな笑いは待っていないだろう という動かせざる智慧の情報遺伝子DNAが恋人や心友をしてそういわせずにおかないのか おう ぼくは心かよわせた対手でさえ信じきれぬニンピニンだから ほかたくさんの 精霊ひとでなしどもに相談せずにはおかれない

品川区大井町坂下勝島運河しながわ花海道のお地蔵さんのんちゃん にっこり笑ってる 「よだかの星」のよだかの最期〝たしかに少しわらって居りました〟 つめたくなったマミイのかお (こころなしにか少し笑っているように見えた) 『金色のガッシュ‼2』の魔界が滅ぼされたのち人間界に復活した魔界の「やさしい王様」ガッシュ・ベル 生き残りの民たちを安心させるように …少しわらってた。ゆるやかな階段をのぼりたどりつく大井聖天さん 裏口のきっと代々の住職さんらが 置き捨てられていたのを拾い聚め 朱いろの笠とちゃんちゃんこちを着させてあげた お地蔵さんたち みんな 少し笑っている

お堂のなかのたくさんの仏像さんたち 金色 赤 白 緑 青
おお! 怒ってる!慎んでる!慈しんでる!歓ろこんでる!悲しんでる!けどみんな少し わらっているような…

火乃絵は 火乃絵はといえば
どうやら笑ってないのらしい……


中学校3年で どうしようもなくつらいときぼくを救ってくれたのはまちがっても 詩 ではなく、「ごっつええ感じ」や「夢で逢えたら」、「ガキ使」でのフリートーク、『VISUALBUM』、「君のため」… 令和五年末から年初のきょうまで 〈文春砲〉(「文藝春秋」誌によるゴシップ報道でなぜか非常な有攻性をもっている)をくらった松っちゃんは活動休止している おともだちの中居くんは少しまえ「松本さんプライベートの呑みの場でも、エロい話しかしない!」と番組上で しったしていた 芸能界のことはよくわからないが ぼくは善人が好きになれない ビョーキのぼくを笑かせてくれた人がビョーキで何か変か? 猟奇殺人を揉み消してたとしてもぼくはおどろかない あのMURVSAKIのビートの 沁みるのは ぼくに交際相手の連れ娘に手を出すケがあるからなのか そういってよい! まっちゃんが仮に筋肉セクハラモラハラパワハラ変態レイプ魔だとしてもぼくの命の恩人 笑えないぼくをこれでもかってくらい笑わせてくれた人──それとこれとは話が別だって? きみのはなし、ちっともおかしくないよ ぜんぜん笑えない、

みそぎといえど 令和にや洗う水がない

シポポポ シポポポ シポポポ シポポポ シポポポ シポポポ

地震津波に火事爆発 〈令和六年元旦の映像〉
ここにひとつだけ映っていないものがある

どぉーぶねーずみい。 みたいにぃー 、 うーつーくぅーしく なりぃー(い)たいぃ 。こと〴〵しく言ふ程のことではないが、ほうむずの據り所になつたもでるがあるにしろ、此神の如き素人探偵の持つた特異性はいつも固定してゐない。人間の生き身が常に變化してゐるやうに、ほうむずは、生きて移つてゐる。而も彼の特異性が世間にはたらきかけて、犯罪を吸ひ寄せ、罪惡を具象して來る。さうして恰も神自身のやうに、犯罪を創造して行く。彼の口は、皮肉で、不逞な物言ひをするに繫らず、犯蹟を創作する彼の心は、極めて美しい。
(「人間惡の創造」折口信夫より)


どぉーぶねーずみい。 みたいにぃー 、 うーつーくぅーしく なりぃー(い)たいぃ 。さうして、まるで昔びとのふるまふ風流のやうに邪淫を行ふ。讀者は水晶のやうな苔淸水を掬ふとおなじ氣持ちで、邪淫の場面を攝取して行く。なぜだらうか。主人公の位置に据ゑられた人物の、古典的な整うた生活には、少くとも、タクんだ惡、ヨコシマの喜びは、痕を斷つてゐる。唯、人間である爲に、慾望情は、澄んだ生活にも溢れ出る。併し、其はやはり豐かで、淸い生活の一つである筈である。
(「細雪の女」同前。)


カミ毛野安蘇ケヌアソ真麻マソムラムダき、れどかぬを。あどかがせむ
   (髮の毛下の毛ぬるっぬる アソコむらむらかきむしり、
   やってもやってぬれてんのよ満足できんぞあッ そこ どしたらええねん!あッ  あッ  
          この大変態えろちっくの漢うた、ああ悲哀をかんずるではないか 笑いの神も

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