前号で『銀河鉄道の夜』における「石炭袋」と「あすこの野原」について書いたが、それは書き足りなかった。今回はその続きとして──いや続きではない、蒸し返しだ──宮沢賢治がなぜあれほど透明な死のイメジを描けたのかを考えてみたい。なぜ、とわたしはいう。しかし本当になぜなどあるのか。理由づけることで、わたしたちは賢治の詩から逃げようとしているだけではないのか。
結論から──それは賢治が、仏教という宗教的枠組みを内側から相対化する視点をもっていたからだ、といえる。いえるが、これでは何もいったことにならない。賢治は熱心な法華経の信者だった。それは誰でも知っている。しかし同時に、彼の作品には仏教の枠組みを超える何かがある──これも誰でもいえる。『銀河鉄道の夜』で、ジョバンニとカムパネルラは「サウザンクロス」というキリスト教の救いの駅を通過する。そこでジョバンニは云う。
「ぼくの神さまは、そんなんでなしに、ほんたうのたった一人の神さまです」
これは法華経の唯一神とも違う──いや、法華経に唯一神などという概念があるのか。わたしは仏教に詳しくない。詳しくないが、賢治がここで云っているのは、宗教の神ではない何か、もっと根源的な何かへの直観である、とはいえる。
賢治にとって、宗教は真理そのものではなく、真理へ至る一つの道であった──そんなことがいえるのか。いえない。わからない。ただ、彼は法華経を信じながらも、法華経の言葉を絶対化しなかった、それだけはたしかだ。むしろ、法華経の言葉を透かして、その向こうにある「ほんたうのたった一人の神さま」を見ようとした。これは、宗教を内側から超える態度である。ただし、外からは超えられない。外から超えたように見える思想は、たんに異教を選択しただけで、それは宗教という檻そのものを
あいかわらず生きている。
内から、という形容は、
透明にする、ということだ。宗教を透明にする。すると、
檻という機能がみえてくる。この機能は
檻のかたちをとらなくともはたらく、むしろかたちがなければないほど、透明であればあるほど、
いのちをからめとる。ニーチェが「神は死んだ」といったあと何がおこったか。
「神は死んだ。だが、人の世の常として、おそらくさらに何千年もの間、神の影の映ずる洞窟が存在することだろう」(森一郎訳)
光源なき影。これが透明な檻だ。賢治はこの檻を、
檻として描いた。いや、描いたのではない。
透かした。透かすことで、檻が檻であることが見える。見えるが、見えない。この矛盾が「石炭袋」だ。
「石炭袋」──天の川に穿たれた大きな暗い孔──は、あらゆる宗教的救済のイメジが消失する場所だ。そこには何もない。何もないがゆえに、すべてがある。カムパネルラが見た「あすこの野原」は、その虚無の向こうに広がる光景である。それは既成の宗教が約束する天国でも浄土でもない、もっと根源的な「ほんたうのさいはひ」の場所だ。
しかし、ジョバンニにはそれが見えない。彼には「ぼんやり白くけむってゐるばかり」にしか見えない。なぜか。おそらく、ジョバンニはまだ生きているからだ。生者には、死者の見る光景は見えない。見えないけれど、それは確かにある。賢治はそれを、否定神学的な方法で──つまり「何でないか」を語ることによって──示そうとした。
いや、ちがう。賢治は神学などやっていない。かれがしたのは詩だ。詩において、見えないものを見せる。この逆説。ここで賢治とプラトンを比べてみよう──唐突だが、比べる。プラトンのイデア論では、洞窟の中の囚人たちは壁に映る影しか見ることができない。真実は洞窟の外にある。しかし賢治において、洞窟の外などない。「石炭袋」は洞窟の
内にある孔だ。そしてその孔の向こうに「あすこの野原」がある。外へ出るのではなく、
内へ落ちる。これが賢治の透明性だ。
詩は、言葉で語りながら、言葉を超えたものを指し示す。言葉は透明な媒体であり、その向こうに何かがある。しかし、その何かは直接には語れない。語ろうとすると、それは言葉の檻に閉じ込められてしまう。だから詩人は、言葉を透かして、言葉の向こうを見せようとする。ただし、
透かして見せるということは、
見せないということでもある。見えないものを見えないままに差し出す。これが詩だ──いや、これが詩
だ、などといえるのか。わからない。わからないが、賢治の詩はそうなっている。
賢治の透明さは、ここから来ている──来ているのか。来ているというより、
ある。彼の言葉は、何かを言い表そうとするのではなく、何かを透かして見せようとする。「石炭袋」も「あすこの野原」も、言葉の向こうにある。言葉では捉えられないが、言葉を通してしか示せない。この逆説が、賢治の詩を〈現代詩〉たらしめている──いや、
たらしめてなどいない。賢治の詩は〈現代詩〉という檻をも透明にしてしまう。透明にされたものは、そこに在りながら、
ない。〈現代詩〉は賢治を収容できない。収容できないが、収容している。この矛盾が、わたしたちを苦しめる。
わたしたちは、言葉の檻の中に生きている。しかし時折、その檻が透明になる瞬間がある。そのとき、言葉の向こうに何かが見える──いや、見えはしない。ただ、見えないことが、見える。この
見えないことの見えが、詩を読むということであり、また詩を書くということでもある。賢治は、その透明な瞬間を、誰よりも鮮やかに捉えた詩人だった、というより、透明な瞬間に捉えられた詩人だった。かれは「石炭袋」を覗き込んで、落ちた。そして「あすこの野原」から、
わたしたちを見ている。見ているが、見えない。見えないが、見ている。この往還が、詩だ。
だが、この往還は成立しているのか。
わたしたちはほんとうに賢治を見ているのか。賢治の詩を読むとき、わたしたちは何を見ているのか。「石炭袋」を見ている? 「あすこの野原」を見ている? それとも、見えないことそのものを見ている? わからない。わからないが、わからないことが、詩を読むということなのかもしれない。
(未完につき続く)