三明十種

殘り馨は
 餞であつた。

薄桃の笠雲の行方は
瀬戸内の黒砂浜を過るもの
態とらしく故郷で終らせるのも
私らしいと謂へばさうなのだが

丈夫な赤松の枝を探すのも諦めて
うつらうつらと
ふらついておると
乳の腐つたにほひに誘われ
集合住宅から離れた処で
目にしたものは
紫ラメのカアデイガンを
羽織つた痩セ女が
大きな枇杷の木陰で屈み込み
股を拡げて

昼間からくらやみだけ
あらわにさらして
一言二言何か呟いているやうだが
砂塵とミシン音と赤子の聲で、
一言も二言も聞こえやしない

下手な口紅で
 穢れた口許が笑む
  私の名 口にした

(女が生臭い指の腹を寄せくる

旋風に蹌踉けて
乳母車が微か動く
影は薄く伸びて
周りから暮れてゆく

 未だ何処からか
 にほつてくる

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