その十一「小さなものへの視線」
雨ばかりの九月、数少ない晴れた日に、神田川沿いを散策した。好きな道は色々あるが、特に好きなのは富士見ヶ丘から久我山に至る道。井の頭線の車庫と高井戸公園に挟まれて、静かにひっそりと流れる神田川の道だ。公園側は鬱蒼とした樹木に遮られ、子供たちの声が遠くに聞こえる。車庫の方は、ひっそりとして、何も聞こえない。散策する人もまばらで、東京からふっと解き放たれる裏道。点検を受ける列車たちは、動きを失って、憩っている。どうしてかわからないが、この井の頭線の車庫を眺めいてると、むくむくと想像が湧いてくる。小さい頃見た、映画『ナイト・ミュージアム』のわくわく感。というか、小さい頃の自分なら、フェンスを越えて、夜の列車にこっそりと忍び込みたいと思ったのだろうか。夜に、列車同士が語りだし、動きだす妄想か。でも、一番しっくりくるのは、二人の少年、二人のカップルが、夜の富士見ヶ丘車庫に忍び込む妄想。物語がはじまる舞台のような土地だ。
川沿いには、彼岸花が咲き乱れ、所狭しと赤色のアクセントを加えている。その中に時々見かけるのは朝顔。欄干に蔓を巻き付けて、しぶとく花を誇っている。いったいどこから運ばれたのか。うまい具合に巻き付く相棒を見つけて、生命の輝く地を見つけたものだ。そのほか、名前もわからない花が紫やらワイン色やらに彩りを加え、時として、黄色に染まりつつある花も見つけた。大きな蜂まで、蜜に誘われて、単独訪問をしているようだ。彼岸花は昔から色も形も好きな花だったが、ゆっくり立ち止まりながら見ていると、さらに面白い。雌蕊が反り返り、美しい円形を描きながら、まっすぐに空へと伸びている。赤の花が散っても、こいつらがまだエネルギーを失っていない。ほんの数十秒立ち止まるだけで、彼岸花の見え方は変わった。あの小さな花の中に、尽きせぬ世界があるのだ。
久我山を過ぎてゆくと、川沿いにも、マガモに加えて、鷺まで水辺で憩っている。白が美しい。
擦れ違う人達でいうと、子どもが面白い。あれは何、これは何と聞く子ども。一歩ごとに歩みをとめ、お母さんからどんどん遠ざかって、立ち止まっては目の前の花をじっくり眺める子ども。久我山を過ぎて少ししたあたり、何やら通りすがりのおばあさんと、小一くらいの子と、その母の三人が、躑躅か何かの灌木の下で、しゃがんで話している。おばあさんの声が聞こえてくる。
「よく見つけたねえ。すごいねえ。たしかにこれは生き物の殻だよ。蛇かね?わからないけど、すごい発見じゃないの。」
「よかったねえ。〇〇ちゃん」。
大人はしゃがもうともしない所で、小さな子ども、視線の低い子供たちはひょこっとしゃがみ、のぞきこみ、未知の扉をすぐにあけてゆく。この光景を見た時に、自分は、自らの散歩に発見が少なかった、あの子に「負けた~」と感じた。東京の杉並の、二十三区の小路にも、こんなに生き物たちと触れ合える土地があるのに。見つけるのは、しゃがめるのは、やっぱり子どもかと。自分には、しゃがむ力が足りなかったかと。休日ということもあり、その後も、沢山の子どもたちと会った。幾度となく歩いた道だが、自分がすぐに歩き去ってしまう所々にじっとしている子どもたち。川沿いの、小さな広場で、熱心に生き物を捕まえんとする少年たち。弟にバッタを探すこつを伝授するお兄ちゃん。井の頭公園のエリア、夕やけ橋辺りまで来ると、ママたちが怒っている。「ねえ、帰りは川、寄ろう。」「今日は、川にはいかないで帰ります。いっつも寄ってるじゃないの」。何の変哲もない、休日の家族の会話だが、余白にはいろいろと考えさせられることが多くて面白い。自分は、川に寄って、子供と発見競争をしたいくらいにはなってきている。
今までとは異なる感覚で、散歩ができるようになっているのは、近頃出逢った一冊の本のお陰だと思っている。レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』である。いつ買ったのか、忘れてしまった。ただ、題を見て、何となくイメージできることが多いと思ったためか、長い間放置していたのだ。手に取って読んでみると、心の膿んだ部分が癒されるような感覚を持った。頭では、想定内の内容に思えたのに、読了後に、どこか瑞々しい肉体に戻って、早く散歩に出たいと思わせる、そんな文章に感じた。調べてみると、レイチェルの遺言書に近い文章ということが出てきて、どこか納得した。毒抜きされたような感覚。翻訳書であろうと、作者の息吹に触れることはできるのだと痛感した。
本書は、レイチェルの実体験、ロジャーというまだ五歳くらいの子どもと共に、大自然を体験する歓びを通じて、自然に解き放たれる感性の重要性を訴える書である。特に、これから子どもを育てていく母親・父親に向けた書かもしれない。大人が、子育てを通じて、己の感性を取り戻し、磨きをかける。書物として力を感じるのは、明日からすぐに実行できる心の工夫、実際的な助言にも富んでいる点だ。子供という実際に目の前にいる存在を通じて、「感受性」とは何なのか、まざまざと大人に教えている書物。「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。」これは、実は二十代、三十代の子どもがいない大人にだけ、抽象的な言説に思えるのではないか。子どもを育て、同じ方向を向いて遊び、じっとフィールドワークする大人にとっては、目の前にある真実なのではないか。「もしわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない『センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性』を授けてほしいとたのむでしょう」。
自分は、子どもを持つ親ではない。一緒に子どもと散歩をすることは叶わない。けれど、自らの小学生時代を想いだし、五歳児の自分を傍に引き連れて歩くことならできる、その心を新たにした。小学生の時、毎日のように歩いた土手の道。公園の地べたに座ると、必ずといっていいほど、アリの行動をつぶさに見詰めていた。夏は、網をもって、蝉を捕まえようとして、おしっこを掛けられた。帽子でとんぼを捕まえた思い出。触れることへの恐怖と喜び。とりま、落ちているものは拾ってたしかめた。虫を飼ったことはなくても、教室のカブトムシを熱心に見つめていた。なぜかオタマジャクシなるものに感動した。こいつが、カエルになるのか?恐竜の図鑑に夢中になり、幕張メッセの恐竜博まで、毎年のように連れて行ってもらった記憶。夏の自由研究は毎年、恐竜だったのに。いつからか、虫への興味を失い、古生物への興味を忘れ、詰まらない暗記(雄蕊・雌蕊の数の暗記やら星座の大三角形の暗記などなど)に幻滅し、点数の悪い理科なるものが嫌いになり…と負の連鎖に入る前の自分を思い出す。学校やら塾やらの科目はどうでもいいのだ、その前にあった、自然への共感さえ忘れなければ。今は、小学生の時の、生き物を見たときのわくわく感と、しっかりつながりはじめている、そう感じている。何かに触って、小さなものに目を光らせ、低いところに進んで入っていき、動くものに夢中で、大雨は一大イベントで。「わたしたちの多くは、まわりの世界のほとんどを視覚を通じて認識しています。しかし、目にはしていながら、ほんとうには見ていないことも多いのです。見すごしていた美しさに目をひらくひとつの方法は、自分自身に問いかけてみることです。『もしこれが、いままでに一度も見たことがなかったものだとしたら?もし、これを二度とふたたび見ることができないとしたら?』と」。これは、明日からでも、心に刻むことで、見える世界が変わってしまう助言に思われる。
そして、この感覚をもって歩いた神田川散策の一日だけでも、幾度となく目に入って来た光景から教えられた真実。「ごく小さなものたちの世界も、関心をもつ人はほとんどいませんが、とても興味深い世界です。子どもたちは、きっと自分自身が小さくて地面に近いところにいるからでしょうか、小さなもの、目立たないものをさがしだしてはよろこびます。そのことに気づいたならば、わたしたちがふだん急ぐあまりに全体だけを見て細かいところに気をとめず見落としていた美しさを、子どもとともにと感じとり、その楽しさを分かち合うのはたやすいことです」。
この子どもの世界を、普段の世界の中で見失っている分だけ、感性が摩耗しているということかしらん。仕事上、子どもを育てる母親という存在と話すことが多いからこそ気づくのだが、彼女たちは社会人でありつつ、どこか一般社会人とは違う顔付き、違う感性を手に入れている人が多い。それは母性的なものが身に付くからだ、などと空想めいたことで結論づけていたが、もっと具体的で確固たる事実に根付いていた。この子どもという存在と毎日過ごし、ともに遊んでいれば、否が応でも、自らの感性に磨きかかるのだ。たった五分、川沿いを歩くだけでいい。自分の気づくものがずっと少ないことを痛感させる恐ろしい存在を知るのだ。人生の中で、子どもと接する時のなかで、己の鈍った感性を研ぎ澄ます時間を手にしていたのだ。大人として、再び、感性の学校に入学していたのだ。
近頃、思っていること。虫メガネを買いたい、小さな世界に目を光らせたい、「人間サイズの尺度の枠から解き放たれ」たい。