『青後』
久しぶりに戻つた
青いふるさとは
三方が山裾に囲まれて
なにとはなしに 平静である。
すこぶる 雲の 象形は
千々に物いふ 表現者
愛したカタチは 失はれ
また愛ほしく なほ哀し。
星も 月夜も お変はりなく
大変きららに滑りゆく
だのに、あれツと
心 せわしく
悲しみなく またそのために
幸ひなく
変はつたのは‥‥ 変はつたのか‥‥
変はつたのは?
『嵐』
わづかな呼吸が 振り返る
窓外の枝葉は 激しく揺れて
波打ち際の メトロノーム
カツコチカツコチ 夕を招ばふ
硝子一枚へだてた 大荒れの無聲映画
こちらは どうにも 静かすぎる
選ばれたことのない 縄紋様の銀食器
映したすべては アヴノーマルで
いまだにあゆみは 牛歩戦術
こちらも どうやら 静かすぎる
みなさま御検討の健闘むなしく
ニヒリズムの足湯に ドクターフイツシユ莫し
思想はふやけるままに 食べ頃の 秋
『夜のかげなくば』
清玻璃の燈火は音無く
知覚の外で明滅し
夜を 闇を
吾らの孤独をさへ
常に照らすがごとく 錯覚する。
昼に歩んだ 小径の石が
同じだつたか
足裏で
感ぜられずとも
感ず。
夢も希望も
命さへも
萎んで崩れて消えゆくを
見ゆるともなく
見てしまつた。
不安は夜の陰
ノスタルヂアの
衣に夢む 春宵
君の影は 黒野にいつそう濃く
ひうらり
ひゆらりと
手を振れど
影は 正しき 陰となる。
見ゆるともなく
見ゆままに。
『夢中』
暗うらいトンネル
先の さき
眼窩は 春の夕暮れです。
貴女が春に去つたころ
私は闇のただ中で
希望を 夢んでをりました。
夏の木立の翳したで
一と夜限りの
美しき 夢 ユメ
少年期は ユめ ゆメ
褪せたフイルムの 間隙の
ゆめ 夢 でありました。