愛する人とおい原始の野に立ち黙している人よ。山間の祭りに火が燃えてどよめきが林をうつるひそかに瓦の呪詛をぬけて今宵はだしで待っています。ここには他者にひらかれたプレディケートがあります。きちんといいきって返事を待つ(「朱と緑の肖像」最終聯 森崎和江)。初期の詩です。森崎さんはさいごに(はじめにでなく)本懐を遂げられるタイプの詩人にいらっしゃいました。「叙述語を切り捨てゝ了ふ理由は訣らない。ともかく、入り用な、大事な部分を切り捨てゝ

しまふのである。此傾向が、どこから出て来るかと言ふ事を考へる事が大事だ」戦後晩年ちかくに折口信夫が通信教材として口述筆記したこのテキスト(『国語学』)はわたしには一葉の置き手紙にもおもえる。そこで最後にとりあげているのがこの省略というコトであった。平安期には雅文化の花とされる源氏物語でさえ「あさまし」「をかし」「かなし」「あはれ」の「あさまく……な」「をかく……な」「かなく……な」「あはに……な」とつづくべき叙述部が失われて、副詞的に感情の程度を示すにすぎない片割れ詞が叙述語﹅﹅﹅として扱われるようになる。この省略の傾向は令和現代にもあさましく健在さかんであって例の「えぐ(い)」「やば(い)」「メロ(い)」「エモ(い)」なのだが、みごとにクラッシックな

国語表現だと認めよう「ぐく……だ」「ばく……だ」「ロく……だ」「モく……だ」と表現すべきプレディケートを軒並み〝以心伝心〟﹅﹅﹅﹅﹅﹅まかせにする。この習性が〝どこから出て来るかと言ふ〟とそういう生理がア・プリオリにわたしたちの心に種としてあったのでなく「かうした語遣ひが、我々の気分の上に、さう言ふ習慣を作って来たのだ