森崎さんの分からないは、極言していえば和歌が分からないよといっている。その〈文法〉が分からないといっているのだ。アメリカ留学帰りの母の宰領する個人主義家庭で育ったなどといってもきたわたしだが、はてさてついこのあいだにも池袋駅で降りまた乗るとき、ICの出場記録がついていなかったので窓口の駅員さんに「きょうのお昼ごろ品川駅から来て出たんですけど出場記録がついてなかったみたいで……」即座に了解されて「入れるようになりました」改札をとおり(まーたやってるよ……)とおもう。ついうめきがでる。いまはむかしニホン語に「片哥」という形式ありまして一人で五七七……それにもう一人が五七七かつ同じシンタックスでもてかけあう(主に男⇄女(その前は神⇄地霊)で)これを一人でやるようになると「旋頭歌」となって(万葉集巻十三にみえる)この五七七\五七七の二番目の七が融解し(別に長歌の結びの五七七の影響もありつつ)五七\五七七の短歌形式が成立する。五七\と一回折れ曲がるので「五七調」といい万葉集に主にみられ枕詞や序詞(下の心をいうための比喩といまはしておく)がここに入る(五七五七\七の場合もある)「片哥」の頃のかけあいは三十一文字を送り合う「贈答」という形でのこった(いまはLINEやメールやチャット、またはお中元や年賀状などのうちにかろうじてこの心性は保存されている)平安初期百年の文学暗黒時代にこの風習はより生活化していたと考えられる。古今集ではすでに枕詞や序詞がなくなり五七五\七七の「七五調」に替わっている。「贈答」愈々健在。そしてわたしの「……」をくんで駅員さんも出場記録をかいて「入れるようになりました」と〝以心伝心〟かけあってくれたというわけだ。わたしの母方の祖母(山形出身)はこれを嫌っており「いまの子はみんなこぉだから意味不明でわたしゃ困るのよ」が、事実はイマどころか上古
以前からコォだった。わたしも和歌が分からない口と思ってきたが、サギ師の手口だった。