追書「鳳尻紀」12月号(一年前の)に「鳳尻紀執筆予告」を書いた。そこでPAGE41の下に示した七つの原稿の予告を行っている。これらをこの「序説」の六つのダイヤルに重ねあわせると大体どこにあたるかを同頁に書き込んでおいた。下線を引いた「Digital-AnaLog(ue)デジタルアナローグ」「(ANIMA)TIONあにましおん」「バーチャルの果て」が「偏向」を始めた当初からわたしが書くといってきた原理論の三部立てだ。さっき気がついたが、六つ

の○をみていくとこの三部がリレー形式となっている。略号で示せば〈文法〉は〈心〉はDからあ〈祭〉は〈ここ/そこ〉はあからバ〈肉体〉は〈むすび〉でバからDにバトンタッチして一周する。こういう風には示せるのだが、言葉や文章で説明せよといわれたとたん途方にくれてしまう。これまでも何度もチャレンジしてはいる(バックナンバー参照)今回この「序説」でようやく総合ができそうだ。一周するごとに各○の理会も謎も深まっていくので、周われるだけ周わってみたい。いつか六つの○もいらなくなるところまで。はしがきに〝POETIXにはこの世のすべてを解き明かしたい野望がある〟と書いたが、たとえば経済学は〈心〉の○から延びていく線上にあり〈肉体〉のポエジーをくむ。ユングは夢における〈お金〉の表象を心的エネルギーの量的表現という。また記号化以前の金本位制、もっと昔の殷王朝跡でみつかったインドや東南アジア原産の宝貝(琉球でも産出していた)へ遡行すればたんなる希少価値でなく、それに何か不思議を感じた昔のひとののポエジーのありかたに経済学のフルサトをみることができる。太古のたま﹅﹅といえば、わたしたちは勾玉など想定しがちだが、貝殻や石ころなどもたま﹅﹅といった。のみならず弓や串も琴も筺も、そこにたまの籠もると感じられた物は皆たま﹅﹅…と呼んだ。人間の約束事といおうと、わたしはただの紙切れやスマホのタッチ一つで、桃や辞書が貰えるのがいまだに不思議でならない。不順な手続きで(見習いを経ず)魔法使いになったようなうしろめたさもある。さいきん心暗くなったのは、わたしが聴いて育ってきたパンクロック(ここではニホン語に限る)までもが「お金で買えない価値﹅﹅」などといってきた、漫画でも「他人がつけた値段より、てめえの価値﹅﹅」と。