夏と秋については♴で書く。秋の語源は断然おぼつかず、夏のは「民間語源説」を出ない。「飽く」秋、「生る」夏というのは〈祭〉からみえてこないからだめだ、というより、語の音韻にたいし漢字をあてて意味をとく式の解釈それじたい意味分化を示している。ふゆ﹅﹅はる﹅﹅が本稿でそうだったように、なつ﹅﹅あき﹅﹅と表音がなのまま述語文で意味が語れなければ語源説はなりたたない。漢字が舶来してからどんなに長くとも二千年は出ない。ニホン語は声の時代を三万から六万年の範囲(ことばの発生の初源をエラ呼吸のはじめに求めれば五億年。吉本隆明『心的現象論』)でもっている。やま﹅﹅かわ﹅﹅などにしてもずいぶん古い。とかく本稿で読者にこれだけは了解せられたいのは、はる﹅﹅ふゆ﹅﹅は「季節」の名称でないということだ。季節とは外部の自然のうつりゆきのことでない。魂の状態や変化をいう「名詞」「動詞」「形容詞」などへ未分化の肉体表現だ。夏と秋とは語源説より具体的な祭祀を追っていったほうがよさそうだ。折口信夫も秋にかんしてはおそらくといったところまで、夏は語源についてはおしだまっている。わたしの好みでは「なづむ」の語根「なづ」が気になるが、纏った事例がみつからないのでまず採れない﹅﹅﹅﹅﹅﹅なつ﹅﹅あき﹅﹅も漢字到来以前のニホン語であることは、もしそうでないなら「夏」「秋」シュウというしかないのでたしかだ(中国語に「なつ」「あき」などという音はない)夏にかんしては「みそぎ」を元を取り上げ、そのポエジーの源泉力をたずねたい。あまてらす﹅﹅﹅﹅﹅とはなにか(夏)すさのを﹅﹅﹅﹅とはなにか(秋)がニホン語においては比較的大事になる。前者について結論からさきにいっておけば、たなばたひめ﹅﹅﹅﹅﹅﹅だ。水の巫女。左中〈肉体〉の……てんてん○の左「暗喩軸」と深くかかわる生活。ニホン語美の最右翼。POETIXはニホン語のアンダーグラウンドへ冥界降りして、全世界の詩の原郷をめざす。

この「序説」は、だいたい一年ほど、連載十二回(各ダイヤル二回ずつ)で仕上げたい。♳♴と二桁表記にしてあるのは「序説」のあとの本論?でも引き継いでいきたいからだ。POETIXは詩学、すなわち学問としての面も持ち合わせているので読者にはぜひ大いに(まったく豪奢な願いであるが)質問していただきたい。学問とは質問のことだ。自問自答を基本としてわたしは書いていくが、連載である以上、読者からのリアルタイムの質問に応えていくことで予想しないダイナミックな展開があるかもしれない。henkou65@gmail.comか「偏向」Xの