そして大事なのは、この不安こそが、精神到来の前触れにして絶対の条件なのだという(『不安の概念』から記憶で大訳)。さきの折口信夫のいうものいみ﹅﹅﹅﹅して待つ〝物〟や〝外来魂〟と、このキルケゴールの〝精神〟とは、庶物崇拝と一神教の懸隔よりはぜんぜん別でない。たまたまある精神が活動して、そこから堕落、世俗権力とむすばるかたちで諸々のキリスト教会がなったので、イエスもまたものいみ﹅﹅﹅﹅する一個の強大な不安あるいは深大なうつ病者にほかならなかった「はるもその如く、かうして外来魂が附着して、ものいみの状態を脱することをはると言うたのだが、これが、はるまつりという過程を経て、後には春期を意味する春となつた。とにかく、年の暮から初春へかけて、魂に関する種々の行事があるのは、此信仰から発して居るのである」ふゆ﹅﹅はる﹅﹅もいまのわたしたちの耳には「自動詞」のように聞こえるが体言(「名詞」)も用言(「動詞」「形容詞」)も未分化だったときの〈文法〉を想わなければその空はずっと暗いままだ「冬籠りして其上ではるの状態が来るのです。はるといふことは、普通、発するといふ意味らしいですから、つまり、露出するといふ意味になります。これに一番適切なのは沖縄のはれのあそびといふ語があります。あそびといふことは、沖縄では、日本の古い語と同じく、神事の踊りです。はれのあそびといふことは、素裸になつて春ノ口といふ巫女たちが踊ることです。其をはれのあそびともうちはれのあそびとも言ひます。で、此はれといふ語は着物にも晴着ハレギなどゝ言ひますが、そのはれぎといふ言葉もその系統から説明して行けるのです。ともかく、沖縄などへ参りましても、或は日本語の古語の使ひ方を見ましても、はるといふことは、外に出て行くといふ語です。で、冬籠りといふことが春の枕詞になつて来るのです。さうするとこゝに、暫く寝て居たものが、起きてきたと同じやうな状態になる訣です」「民間語源説」だと、春は芽が張って﹅﹅﹅地面から顔を出すや、たんに晴れる﹅﹅﹅ということになる。どちらも外に出て行くことではあるが、ちがうのははる﹅﹅がじぶんのからだの外に出て行ってしまって外から観察されていることだ。服着たまま〈文法〉の外につっ立ってる。もういちど引用すれば「かうして、完全にものいみが遂げられた時に、外来魂は来触して、内在魂となる﹅﹅﹅﹅﹅﹅。古語ふるは、此作用をあらはした言葉である」あえてふゆ﹅﹅へと分化させずふる﹅﹅のまま「ふる・まつり」ということを考えてみますと、わたしが詩の理論においてまず〈祭〉から始める訣がみえすいてくるかもしれません。先回りすれば〝内在魂〟にふる﹅﹅〝外在魂〟や〝物〟とは《言葉コトバ》です。「今までのところでは、まつりの語原が、あまり説き散らされて、よしあしの見さかいもつきかねるほどになっている。その中では『祭りは、献りまつりだ。政は献り事まつりごとだ』と強調して唱えられた、先師三矢重松博士の考えが、まず、今までの最上位にあるものである。/まつるという語が正確にわからないのは、古代人の考え癖がのみこめないからだと思う。神の代理者、すなわち、御言実行みこともち者の信仰が、まず知られねばならぬ」このみこと﹅﹅﹅というのがわたしがさっき仰々しい二重尖括弧をつけておいた言葉というのと同じです「みこととは神の発した呪詞または命令である。みことを唱えて、実効を挙げるのがもつである。『伝達する』よりは重い。神に近い性格を得てふるまうことになる。言の内容を具体化して来るという意義が、まつるの古い用語例であったらしい。それは、またす・まつるの対立を見れば知れる。語根まつをるとで変化させている。使・遣という字が、日本紀の古訓には、またすと始終訓まれている。まつりだす・まつだすなどとは、成立を別に考えねばならぬ語であった。意訳すれば、命を完了せしめるというようにも説けよう。言を具体化してやる。こういった意義が、まつを中にして、通じている。その実現した状態を言う語が、また﹅﹅(全)なのである」不安をひとはものいみ﹅﹅﹅﹅せずにすぐ解消しようとする。全けむところまでいって言葉を(わ)がものにしようとしない。だから「言葉は噓をつく」「言葉じゃない、大事なのは」ということになる。だが言葉は祭において必ず実現する(冬籠りものいみまたしふゆ詩はる)心浄き者Let'sgo春祭ありCrazy!わたしの十代祭体験をそこにいたかのように描いたのはまだ折口信夫しかみない「来訪神のあった時、此神の威力を表現し、其によって、邑落全体の生活が力強い威力に感染することが出来るようにするのは、そうした訓練や、表現が十分に保たれていなければならないはずだ。来訪神をとり囲んで、眷属の形を以て、スサまじい行動を振るわねばならぬ。/そういう意味において、彼土における生活を表現するのは、この世の人間の表現力に俟つ外はない。彼等の尊者が来迎する時、他界の事情はここに写し出され、この世と他界とを一つ現象として動いているものと実感するまでにせなければならなかった。(…)歓びに裂けそうな来訪人を迎える期待も、獰猛な獣に接する驚きに似ていた。楽土は同時に地獄であり、浄罪所は、とりも直さず煉獄そのものであった」(『民族史観における他界観念』)

一〈祭〉♳了