このからだの知恵は、心という無知蒙昧な可愛いやつをとおすことでしか得られない。が、この心というやつが面白いやつで、知恵をたずねず、あることないこと妄想によって無知を埋めようとする。陰謀論もカルトもみんなこいつが作り上げる。致命的にあたまが悪いので(ほんとうはそこがいいとこなのだが)生成AIにウィズダムを求めもする。これを水色野良猫型ロボットに容れれば、明日とはいわず、話し相手としてだけだがドラえもんは抽斗から出てくる。ポールのうたうレットイットビーのウィズダムのように、擬似母性としてのソフィアちゃん。それがこの機械だ。詩人は、その太母たる文字を相手に何千年もジャイアンへの仕返しを相談し、やっぱりさいごは痛い目をみてきた。詩をかく、一文でもいい。するとそいつがしゃべりだす。この対話と、生成AIとの会話は、かなり似ている。調教だってしすぎるくらいしてきた。機械との会話にはまったら、詩はすぐそこだ。
詩は、この世のすべてだ。だから詩の理論は、この世のすべての理論だ。POETIXにはこの世のすべてを解き明かしたい野望がある。だれもまだ、詩によって解き明かされた世をみたことがない。みたら、あと三万年くらいはひとびとは詩の中毒になり、やがて文字を捨て、詩でもって会話するようになればいい。この面白さを越えるテクノロジーはまた詩によってつくられる。詩をすべての中心に発達する科学技術はどんなだろう。SF小説とは順番がちがう。テクノロジーの発達や荒廃は夢をみさすが詩は夢みる。ボードレールはいう「この世がいい世であるかは、詩人を基準にみればいい。彼らが幸せならいい世だ」
わたしはもうめちゃくちゃ不幸でしかたない。幸せになれなくても、幸せになれる世を想像してみたい。想像するためには、現実が根をおろしたたしかな根拠がいる。ほこりをかぶった原理論というやつだ。まだ動く。こいつで新しいトランジスタラジオをつくろう。