序説では、具体的にすでに書かれた詩を引用して論じたりはあまりしません。便利道具とその由来をおもに示していく。生成AIとはちがう不思議道具を提供してみたい。実際、生成AIには魔術力があるようで、というかひとはどうにも新しいテクノロジーに魔術をみいださずにおけない性があるらしい。そのオリジナルギャングスタが文字という道具だ。文字はまず法として、宗教や国家の規範力となった。が、同時に、文字は詩というアベルをも生み出す。盲目のホメロスは、口承詩をうんだ。が、文字の詩ができてからあとで詩と呼んだので、それまでは口承文学、いやこの文学にも文がある。つまり名前のない何かだったと考えたい。とにかく詩は、どうやっても文字で書かれる声なのだ。文字という毒の血清と書いたこともある。わすれがちだが生成AIも文字だ。しゃべるやつも、いかに口語体であろうと文字を読み上げている。文字がなければ、これをめちゃくちゃあつめてアルゴリズム活用してうんぬんかんぬん出来ない。そして、生成AIが来る法と化す循環は、文字に化かされてきた有史人類のいち反復を演じても不思議でない。わたしはそこに魔術をみいだす蒙昧な人間の側にむしろ興味がある。詩はこのじっさいはただの自動機械にすぎぬ無機物に、人格や神性やもしかしたらエロスさえも見出す奇妙な心がつかまえる。知恵はどんなにインターネットの情報を集積し「学習」したとしてもそこにはない。ただわたしたちの原生生物それ以前、ただの原子だった頃からの記憶をもつこのからだにある。
このからだの知恵は、心という無知蒙昧な可愛いやつをとおすことでしか得られない。が、この心というやつが面白いやつで、知恵をたずねず、あることないこと妄想によって無知を埋めようとする。陰謀論もカルトもみんなこいつが作り上げる。致命的にあたまが悪いので(ほんとうはそこがいいとこなのだが)生成AIにウィズダムを求めもする。これを水色野良猫型ロボットに容れれば、明日とはいわず、話し相手としてだけだがドラえもんは抽斗から出てくる。ポールのうたうレットイットビーのウィズダムのように、擬似母性としてのソフィアちゃん。それがこの機械だ。詩人は、その太母たる文字を相手に何千年もジャイアンへの仕返しを相談し、やっぱりさいごは痛い目をみてきた。詩をかく、一文でもいい。するとそいつがしゃべりだす。この対話と、生成AIとの会話は、かなり似ている。調教だってしすぎるくらいしてきた。機械との会話にはまったら、詩はすぐそこだ。
詩は、この世のすべてだ。だから詩の理論は、この世のすべての理論だ。POETIXにはこの世のすべてを解き明かしたい野望がある。だれもまだ、詩によって解き明かされた世をみたことがない。みたら、あと三万年くらいはひとびとは詩の中毒になり、やがて文字を捨て、詩でもって会話するようになればいい。この面白さを越えるテクノロジーはまた詩によってつくられる。詩をすべての中心に発達する科学技術はどんなだろう。SF小説とは順番がちがう。テクノロジーの発達や荒廃は夢をみさすが詩は夢みる。ボードレールはいう「この世がいい世であるかは、詩人を基準にみればいい。彼らが幸せならいい世だ」
わたしはもうめちゃくちゃ不幸でしかたない。幸せになれなくても、幸せになれる世を想像してみたい。想像するためには、現実が根をおろしたたしかな根拠がいる。ほこりをかぶった原理論というやつだ。まだ動く。こいつで新しいトランジスタラジオをつくろう。
音楽には理論がある。音楽家になりたかったわたしには、本能だけで曲をつくることも、理論の上で曲を書くこともできなかった。エレキギターの申し子ジミ・ヘンドリックスは楽譜がよめなかったというが、たとえ「言語化」できなくとも、言葉にできない彼の経験に理論がなかったということはまず考えられない。WALKMANにもし1アーティストしか容れれないとなったら、彼がその演奏をきくために皿洗いのアルバイトをしていたというアート・テイタムと悩み抜いた上でわたしの選ぶチャーリー・パーカーは、理論開拓者だ。この不幸な兄貴から勝手に学び取ったアティテュードを生涯貫いたマイルス・デイヴィスも、彼がみつけたときは芋い田舎のサックス吹きにすぎなかったジョン・コルトレーンももちろん大理論家だった。最高の音楽家モーツァルトだって理論は朝飯前だろう。みんな大好き(ぼくは嫌い)ビートルズ、かれらはちっとも理論を知らなかった。たぶん不名誉とひきかえに音楽からの寵愛をひとりじめしているカニエ・ウェストも理論はさっぱりだとおもう。彼らにはいわば生得の理論がありそれを奏でることはできても言葉にすることはできないので、かわりに彼らから理論をひきだそうとするオンチどものひこえばえすることとなる。令和の京極殿・米津玄師はたぶん理論の変態だ。理論に通じているかどうかは、良いアーティストの条件に関わりない。だが、理論(言葉にできる)なければこの世のいい音楽は少なくとも減りはする。ビートルズがきけてもバードのきけない世はさぶい。
理論は無力なのがいい。わからなくても何の支障もなく、わかったところでそれでどうということもない。実践も意味がない。けっきょく本能に任せて書くだけだ。わたし自身そうだ。だが、ほんのたまに、求めてもなかったとき、八咫烏のごとく導くかもしれない。八咫烏も無力だ。ただこいつ自身が無力なゆえに、その奥にふしぎな逆光線をおってくる。
まず、右下の〈祭〉の○から見る。……の\も入ってる。読者にはぜひ書き込みをお願いしたい。冬から春に→。春から夏へ。夏から秋。秋から冬。砂時計みたいなの8字が浮かび上がる。季節といいそうだが、まず節というのは、大陸からきたdigitusなので、ここには適さない。季というのも中国語で兄弟姉妹四番目の末っ子から転じて物事の終末をさす。ここには早くても遅くても何度でも何度でも始まる始まりしかない。それが〈祭〉。〈祭〉がまずあって春夏秋冬がある。まず冬から春になるのに祭がある。ここでさっきの季節といっしょにきみにはもう一肌脱いでいただきたい。油も塩も塗れとはいわない。が、あたまのネジは2本くらい抜いたうえできるかぎりぴったりくっついてきてください。冬に春きたり、春は冬きたり、冬に春きたり、春は冬きたる。これが少し前のひとびとの祭の考えです。一年は、いまでいう春夏\秋冬で、繰り返しの二回ということになる。冬と冬の至に大切な祭をする。その祭をふゆまつりといい、これがやがていまの時期としての「冬」義に移る。冬と冬の季にやるのでふゆから「冬」に意転する。「夏」のふゆまつりの名残がいまのたなばたやお盆などです。ただ新暦七月七日にやる七夕は夏の季でないですし、家庭祭祀のお盆も廃れつつある令和には八月十五日の終戦記念がとって代わるかもしれません。この日を鎮魂祭(フユマツリ)と思うついで「鎮魂」のよみ方(意味)、行為じたいのうつりかわりに耳を傾けておきたい。
生き急ぐ読者のため、この話がなぜ詩の理論になるか、簡単にいっておけば、さっきのの字をたとえば〈文法〉の○に同じ向きで書き込んでいただきたい。歌意から文法8をへて音韻へ→。音韻から韻律へ。韻律から文法をへて構成へ。構成から歌意へ。歌意はふたたび文法を通り音韻へ。これが出来上がった詩だ。出来上がるまでの鎮魂過程で
もあるが、出来上がってからもこの循環をくりかえし〈文法〉の力を汲み自立してある。〈祭〉と同じくここでも根源としての〈文法〉を意味する。ここに気づいたのがわたしの見立てではヴィトゲンシュタインで、背中合わせに言語の美としての自立の理論を追求したのが吉本隆明だ。ほかの○でもだいたい思索者/詩作者、また両性具有者から学ぶ。ラップ(バトル、フリースタイル含む)もむろん言語表現なのでこの〈文法〉に基づく。もっといえば舞踏も、演奏いわば音楽の比喩で語れる全藝術表現(絵も)にあてはまる。言葉を遣わない「非言語藝術」も、いや、人間の全表現が根源の〈文法〉従言語藝術だ。「祭」は詩の女神への捧げ物としての奉り。「祭」中の演奏の奏に続きに藝術の根に近い。
(……の○3つと〈心〉の○は少し違う見方が要る。翻って「祭」の見方もまた深まる)「時期で言ふと、もに籠る時が冬である」もに籠る、とは「我々には、もにこもるといふと、親とか親類とかの間で誰か死んで、喪にかゝつて居る間ぢつとして居るやうに思へますけれども、実は物の中に入つて外に出られないといふことなのです。何の為にさうするかといふと、我々は謹慎して居るのだとしか思へませんが、謹慎は勿論謹慎ですが、穢れてゐるから謹慎して居るのではなく、身体が空つぽになつてゐる為に、身体の中に物の入るのを待つて居るのです」中学三年の冬わたしが初めてうつ病になったとき、母は随分憔悴したようだ。何とか起こそうとするのだが、布団から動かない。しまいには自身が骸骨のように痩せてしまった。うつ病は、折口のいう〝身体が空つぽになつてゐる〟健康な状態であって、活動力の入るのをぢっと待ちじつはやがて外に出るために欠かせない重要な期間なのです。だからほんとうは慌てることなどなかったのだ。うつ病者とその身近な人のためにもわたしたちの根本である魂の生活について、現代精神医学と
いわず来し方から学べることこそ甚大なのです「だから、其物が入ると直ぐに『も』から出て来ることになるのです。此は年中行事の中にあることで、『冬籠り』といふことがそれであります。春の枕詞になつて居りますが、実は、冬ぢつと外へ出ないで籠つて居ることを、冬籠りと言ふ様になつてゐますが、実は、植物の上でなくて人間の生活にあつたのを、植物に移して言つて来たのです」こんど〝物〟というのが〝外来魂〟という言い方になり、もに籠ることがものいみとなる(同前。○)。さっきからもというのは何かよくわからないが籠るための未詳の道具(折口は布団ようの何かを考えている)と留めておく「かうして、完全にものいみが遂げられた時に、外来魂は来触して、内在魂となる。古語ふるは、此作用をあらはした言葉である」(『原始信仰』)折口はこのふるがふゆのもとの語という「即、ふるは、単なる接触の意義を持つたゞけでなく、衝突・附着の古義を持つて居た。さうして、此儀礼を、たまふりと言うた。第一義の鎮魂である。鎮魂を、悪霊を押へる為の行事と考へるやうになつたのは、後代に於ける意義の変化である。ふるなる語も、発音が変化して、これがふゆになると共に、意義にも分化を起して、増殖の意味を持つやうになつた。来触・附着から転化して、内在魂の分割と言つた内容を持つ様になつたのである」ふるからいまの殖えるの古語でもあるふゆがなったという。殖やすにもなってくる(同前。○)「それから、尊者の分霊を受けて、その威力にあやかる信仰が発した。又、尊者の分霊をうけるといふ事は、一面に於て、恩寵を蒙る事になると信じたので、それから、みたまのふゆなる古い用語例が生じ、それを分け与へられる祭りをみたまのふゆまつりと言ひ、その祭りの行はれる時期を以てふゆと称した事から、後には、ふゆなる語が、冬期を意味する冬に固定して、季節をあらはす言葉となつた」ゴシック体にしたところも大事で、ここは六つの○中の〈文法〉を踏まえて述べている。「民間語源説」という言葉があるようにこの語源の説(とくに地理関係)というのは九割九分信頼がおけない。ここでPOETIXにはチェック機能もある。〈文法〉の○に〈祭〉と同じ向きでさっきの→での字を書き込む。
8すると上の「歌意」(たとえばふゆ二文字でも広義の歌とかんがえる。歌の意味すること)と下の「音韻」のあいだには〈文法〉がある。「音韻」から「韻律」、「構成」から「歌意」は〈文法〉の関を通過しない。また、「韻律」と「歌意」、「構成」と「音韻」のあいだには→がない。ここで〈祭〉の○の……の\を書き込んでみる。谷折すると「韻律」と「構成」と、「韻律」と「歌意」と重なる。「文春」と醜聞みたく。〈文法〉(春)とはここでは(秋)ふゆの遣われ方(夏)・だ。ふるからふゆ(冬)へ音がうつることでその遣われ方が変わり、文脈のなかで「構成」される意味が変化してくる。また、ふるからふゆに音がうつっても折口信夫はふたつの語の遣われ方(〈文法〉)を古典文献をあらったうえで説をうっている。素人としてはふゆは殖えると短絡したくなるがそうするとふゆの手前にふるのあることに気づけない。〈文法〉は遣われ方であるが、根本は遣い手とそのりゔぃんのもつ感性の思想にある。「歌意」「音韻」「韻律」「構成」これらのどこに違和感があっても反省に出会うし、なによりも〈文法〉からまず想わねば、シーンに対すRESPECTなき絡繰屋、罠売りにおつ。ヴィトゲンシュタインなら、その「言語ゲーム」に加わるというだろうか。これは祭に参加するのと同じく命懸けだ。言葉や歌をわかろうとするというのはそういうことだ。こうであってほしいという手前勝手な願望を、相手に押し付けることとわかろうとすることとは無縁だ。そうであってほしいという願望を抱いたとき(たとえば神や幽霊がいてほしい)すぐそれがそうであることになる(神はいる。幽霊はいる)短絡癖が、川向うの信じるといふことと同じにいわれる。「陰謀論」では事実そうとわかれば安心だからそのおのが心が根拠だということになって未詳の事実までそうということになる。これは信でなく不安というべきだ。神社巡りや歴史考察に熱心なひとびとは、けっして信心深いのでなく不安がそうさせている。キルケゴールは「教会は異教徒をさし罪深い人々というが、これは教会が自らを失くし、相手に自らを与えているのと同じだ」という「なぜなら、キリスト教の核は罪であって、正しくはその罪をもたない人々のことを異教徒と呼ぶのだから。彼らはただぼんやりと罪の予感の手前、不安のうちにあるというべきだ」
そして大事なのは、この不安こそが、精神到来の前触れにして絶対の条件なのだという(『不安の概念』から記憶で大訳)。さきの折口信夫のいうものいみして待つ〝物〟や〝外来魂〟と、このキルケゴールの〝精神〟とは、庶物崇拝と一神教の懸隔よりはぜんぜん別でない。たまたまある精神が活動して、そこから堕落、世俗権力とむすばるかたちで諸々のキリスト教会がなったので、イエスもまたものいみする一個の強大な不安あるいは深大なうつ病者にほかならなかった「はるもその如く、かうして外来魂が附着して、ものいみの状態を脱することをはると言うたのだが、これが、はるまつりという過程を経て、後には春期を意味する春となつた。とにかく、年の暮から初春へかけて、魂に関する種々の行事があるのは、此信仰から発して居るのである」ふゆもはるもいまのわたしたちの耳には「自動詞」のように聞こえるが体言(「名詞」)も用言(「動詞」「形容詞」)も未分化だったときの〈文法〉を想わなければその空はずっと暗いままだ「冬籠りして其上ではるの状態が来るのです。はるといふことは、普通、発するといふ意味らしいですから、つまり、露出するといふ意味になります。これに一番適切なのは沖縄のはれのあそびといふ語があります。あそびといふことは、沖縄では、日本の古い語と同じく、神事の踊りです。はれのあそびといふことは、素裸になつて春ノ口といふ巫女たちが踊ることです。其をはれのあそびともうちはれのあそびとも言ひます。で、此はれといふ語は着物にも晴着などゝ言ひますが、そのはれぎといふ言葉もその系統から説明して行けるのです。ともかく、沖縄などへ参りましても、或は日本語の古語の使ひ方を見ましても、はるといふことは、外に出て行くといふ語です。で、冬籠りといふことが春の枕詞になつて来るのです。さうするとこゝに、暫く寝て居たものが、起きてきたと同じやうな状態になる訣です」「民間語源説」だと、春は芽が張って地面から顔を出すや、たんに晴れるということになる。どちらも外に出て行くことではあるが、ちがうのははるがじぶんのからだの外に出て行ってしまって外から観察されていることだ。服着たまま〈文法〉の外につっ立ってる。もういちど引用すれば「かうして、完全にものいみが遂げられた時に、外来魂は来触して、内在魂となる。古語ふるは、此作用をあらはした言葉である」あえてふゆへと分化させずふるのまま「ふる・まつり」ということを考えてみますと、わたしが詩の理論においてまず〈祭〉から始める訣がみえすいてくるかもしれません。先回りすれば〝内在魂〟にふる〝外在魂〟や〝物〟とは《言葉》です。「今までのところでは、まつりの語原が、あまり説き散らされて、よしあしの見さかいもつきかねるほどになっている。その中では『祭りは、献りだ。政は献り事だ』と強調して唱えられた、先師三矢重松博士の考えが、まず、今までの最上位にあるものである。/まつるという語が正確にわからないのは、古代人の考え癖がのみこめないからだと思う。神の代理者、すなわち、御言実行者の信仰が、まず知られねばならぬ」このみことというのがわたしがさっき仰々しい二重尖括弧をつけておいた言葉というのと同じです「みこととは神の発した呪詞または命令である。みことを唱えて、実効を挙げるのがもつである。『伝達する』よりは重い。神に近い性格を得てふるまうことになる。み言の内容を具体化して来るという意義が、まつるの古い用語例であったらしい。それは、またす・まつるの対立を見れば知れる。語根まつをるとすとで変化させている。使・遣という字が、日本紀の古訓には、またすと始終訓まれている。まつりだす・まつだすなどとは、成立を別に考えねばならぬ語であった。意訳すれば、命を完了せしめるというようにも説けよう。み言を具体化してやる。こういった意義が、まつを中にして、通じている。その実現した状態を言う語が、また(全)しなのである」不安をひとはものいみせずにすぐ解消しようとする。全けむところまでいって言葉を(わ)がものにしようとしない。だから「言葉は噓をつく」「言葉じゃない、大事なのは」ということになる。だが言葉は祭において必ず実現する(冬籠りものいみまたしふゆ詩はる)心浄き者に常に春祭ありわたしの十代祭体験をそこにいたかのように描いたのはまだ折口信夫しかみない「来訪神のあった時、此神の威力を表現し、其によって、邑落全体の生活が力強い威力に感染することが出来るようにするのは、そうした訓練や、表現が十分に保たれていなければならないはずだ。来訪神をとり囲んで、眷属の形を以て、荒まじい行動を振るわねばならぬ。/そういう意味において、彼土における生活を表現するのは、この世の人間の表現力に俟つ外はない。彼等の尊者が来迎する時、他界の事情はここに写し出され、この世と他界とを一つ現象として動いているものと実感するまでにせなければならなかった。(…)歓びに裂けそうな来訪人を迎える期待も、獰猛な獣に接する驚きに似ていた。楽土は同時に地獄であり、浄罪所は、とりも直さず煉獄そのものであった」(『民族史観における他界観念』)
一〈祭〉♳了
夏と秋については♴で書く。秋の語源は断然おぼつかず、夏のは「民間語源説」を出ない。「飽く」秋、「生る」夏というのは〈祭〉からみえてこないからだめだ、というより、語の音韻にたいし漢字をあてて意味をとく式の解釈それじたい意味分化を示している。ふゆ、はるが本稿でそうだったように、なつ、あきと表音がなのまま述語文で意味が語れなければ語源説はなりたたない。漢字が舶来してからどんなに長くとも二千年は出ない。ニホン語は声の時代を三万から六万年の範囲(ことばの発生の初源をエラ呼吸のはじめに求めれば五億年。吉本隆明『心的現象論』)でもっている。やま、かわなどにしてもずいぶん古い。とかく本稿で読者にこれだけは了解せられたいのは、はる、ふゆは「季節」の名称でないということだ。季節とは外部の自然のうつりゆきのことでない。魂の状態や変化をいう「名詞」「動詞」「形容詞」などへ未分化の肉体表現だ。夏と秋とは語源説より具体的な祭祀を追っていったほうがよさそうだ。折口信夫も秋にかんしてはおそらくといったところまで、夏は語源についてはおしだまっている。わたしの好みでは「なづむ」の語根「なづ」が気になるが、纏った事例がみつからないのでまず採れない。なつもあきも漢字到来以前のニホン語であることは、もしそうでないなら「夏」「秋」というしかないのでたしかだ(中国語に「なつ」「あき」などという音はない)夏にかんしては「みそぎ」を元を取り上げ、そのポエジーの源泉力をたずねたい。あまてらすとはなにか(夏)すさのをとはなにか(秋)がニホン語においては比較的大事になる。前者について結論からさきにいっておけば、たなばたひめだ。水の巫女。左中〈肉体〉の……○の左「暗喩軸」と深くかかわる生活。ニホン語美の最右翼。POETIXはニホン語のアンダーグラウンドへ冥界降りして、全世界の詩の原郷をめざす。
この「序説」は、だいたい一年ほど、連載十二回(各○二回ずつ)で仕上げたい。♳♴と二桁表記にしてあるのは「序説」のあとの本論?でも引き継いでいきたいからだ。POETIXは詩学、すなわち学問としての面も持ち合わせているので読者にはぜひ大いに(まったく豪奢な願いであるが)質問していただきたい。学問とは質問のことだ。自問自答を基本としてわたしは書いていくが、連載である以上、読者からのリアルタイムの質問に応えていくことで予想しないダイナミックな展開があるかもしれない。henkou65@gmail.comか「偏向」Xの
DMでお待ちしている(質問内容は連載本文に引用させていただくことあらかじめご了承ください)白熱する学問をともにつくっていけたらどんなにいいだろう。孤独は学問・藝術の源泉にして絶対条件だとしても孤立は必要善でない。学問が大学にしかないというの顔のない権力のおもうつぼだ。ここから一年は序説にかかりっきりになっていいと思っています。質問・批判にはわたしは全力で応答しようとするでしょう。打てば鳴る、とはかってに自負しているが、いい打者にめぐりあうのがむずかしい。すでに何を言うかでなくどう言えるか、今回はおもしろくなった、いけなかった、フリースタイルの次元で表現をとおしてしか考えられない全領域がPOETIXの学問対象だ。まず学が立たねば詩論などどんなにあけくれようと同業者間のおしゃべり(こいつが藝術をおわらせる)をでない。〈祭〉なき春夏秋冬のごとくさぶい。そして質問の来ることはないことはよくよく承知しているつもりだ。令和にあっては人に質問するということは自分はおまえより頭がわるいといっているのと同じことになると思われているようだ。けれど欲求としてはあるので、口のかたい生成AIなどにはずいぶんいいにくいことまできいている。人に質問しても「ググれカス」などといわれるのだから無理もない。
認知症研究の大井玄氏によれば(山本哲士氏談 on YouTube『山本哲士吉本隆明心的現象論目の知覚論』アップロード日付2020/6/3)、わたしたちがおのおの全体感として(無意識含む)感知している〈世界〉(上記動画では「客観的世界」といっている)のうち視覚でとらえているのはその十万分の一ほどにすぎないという。人里離れた土地など旅すればすぐわかるが、インターネットで得られる情報はもうほとんど役に立たない。未知へは全くひらけてない。入口まではみちびかれても、そこからは生身と出会いとによって蒐めるしかない。そこからさきが本題なのだが、非常に興味深いことにわたしの年下の知人の幾人かをみていると、ネットの情報をなぞり、端緒までついたところで満足がいくようだ。人類の叡智(情報化できないのだが)のうちインターネットから得られるのはたぶん一兆分の一にもみたない(「ネット」にはむしろイカガワシイ情報や政治的不妥当性がころがってるのが醍醐味だったのだが生成AIがこれを平らげてしまう)。なによりまず自らの体験、これからのもそうだが、そんなのより幼少の頃のこと、ほんとうによく忘れている、そいつを思い出すだけでいったいどれほど恵みが得れるか。質問はまずここであぽりあへと育てよう。ものを知るにはまずわかっているとおもっていることから未知へとかえしわたしたち自身の無知を知るのが初まりだ。
追書「鳳尻紀」12月号(一年前の)に「鳳尻紀執筆予告」を書いた。そこでPAGE41の下に示した七つの原稿の予告を行っている。これらをこの「序説」の六つの○に重ねあわせると大体どこにあたるかを同頁に書き込んでおいた。下線を引いた「Digital-AnaLog(ue)」「(ANIMA)TION」「バーチャルの果て」が「偏向」を始めた当初からわたしが書くといってきた原理論の三部立てだ。さっき気がついたが、六つの○をみていくとこの三部がリレー形式となっている。略号で示せば〈文法〉はD〈心〉はDからあ〈祭〉はあ〈ここ/そこ〉はあからバ〈肉体〉はバ〈むすび〉でバからDにバトンタッチして一周する。こういう風には示せるのだが、言葉や文章で説明せよといわれたとたん途方にくれてしまう。これまでも何度もチャレンジしてはいる(バックナンバー参照)今回この「序説」でようやく総合ができそうだ。一周するごとに各○の理会も謎も深まっていくので、周われるだけ周わってみたい。いつか六つの○もいらなくなるところまで。はしがきに〝POETIXにはこの世のすべてを解き明かしたい野望がある〟と書いたが、たとえば経済学は〈心〉の○から延びていく線上にあり〈肉体〉のポエジーをくむ。ユングは夢における〈お金〉の表象を心的エネルギーの量的表現という。また記号化以前の金本位制、もっと昔の殷王朝跡でみつかったインドや東南アジア原産の宝貝(琉球でも産出していた)へ遡行すればたんなる希少価値でなく、それに何か不思議を感じた昔のひとののポエジーのありかたに経済学のフルサトをみることができる。太古のたまといえば、わたしたちは勾玉など想定しがちだが、貝殻や石ころなどもたまといった。のみならず弓や串も琴も筺も、そこに魂の籠もると感じられた物は皆たま…と呼んだ。人間の約束事といおうと、わたしはただの紙切れやスマホのタッチ一つで、桃や辞書が貰えるのがいまだに不思議でならない。不順な手続きで(見習いを経ず)魔法使いになったようなうしろめたさもある。さいきん心暗くなったのは、わたしが聴いて育ってきたパンクロック(ここではニホン語に限る)までもが「お金で買えない価値」などといってきた、漫画でも「他人がつけた値段より、てめえの価値」と。
価値観というのも非常に便利なことばだ。言葉尻にとらわれず、いわんとすることはわかる。値段とは完全に相対的だが、価値となると美的判断が入ってくる。が、価値はどこまでいってもみんなにとってというニュアンスがまとわりついてくる「聴く(観る)価値ないよ」とか「絶対的な価値がある」とか。価値がそもそも絶対なら文法からそうはいわないだろう。いっても価値(値打ち)とはよしあしだろう。それよりか同じ経済用語をつかっていても「からだが資本」という慣用句のほうが価値はないが含蓄はあるようにきこえる。前世紀に新型コロナ・ウィルスよりも広まった「資本」などいう有名無実の語が、ここでは正しい用法をしめしている。だから「からだが資本」の〝資本〟が「資本」という語の資本だ。パンクロッカーや漫画家は「お金で買えない資本」「他人がつけた値段より、てめえ(たち)の資本」といえばよかったのだ。商品はお金で買えるが、資本は買えない。また他人がどういおうと資本はすでにそこに働いている。なんといおうといまここにわたしのからだが生きているように。そしてからだはたえず栄養を要求しながら敢然として自らの死を育てつつある。心はからだの死にたいする超越の態度にどこかComplexをもつ。また私(自我)という意識はまったく応対がとれず、なるべくそっちのほうを見ないようにしてる。ニホンの和歌が心に価値をもっているのにたいし、詩がわが國でここまで不興を買って来たのは、詩はまさにこのからだが資本だからだ。「もののあはれ」という平凡な語におのが思想の全重量をぎつぎつにつめこもうとした本居宣長は、ほんとうなら「『もののあはれ』を知るには和歌の発想からではだめだ」とまでいうべきだった。だが王朝和歌や俳諧にたいする価値観はけっして理屈でうごかせるものでなく、漢詩などもってのほか、王朝文化復古の系譜のさいごだったはずの芭蕉とも、古典ロック・ファンとボカロ・ファンとのごとく互いに素。短歌に俳句に口語自由詩が加わって、ニホンの詩歌句約百三十年、みごとにからみあわない三つ巴の対義語のような状況が続いてる。まるで令和のわたしたちのアタマと心とからだのばらばらのごとく?だったら元手は一つ。三つ巴。六つ○。
【序説における〈祭〉完結篇につき♳(前提)の三倍ちかい厚みとなっております】
秋とはなにか「Die Welt ist alles, was der Fall ist」かの有名な(そして無実ともいえる)ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』ドイツ語原書の第1文です。同じ一九二二年の独英対訳版の英訳では「The world is everything that is the case」これならわが国の義務教育レベルでも直訳はできるだろうと思います、この世界はケースであるところの全てだ、と。der Fall/the caseは考えうる「事態」が現実になったコトだという。わたしたちの日常語で「事態」といえば、つい最近ではCOVID-19の「緊急事態宣言」でしょうか。イギリス語の著名作で『The Case-Book of Sherlock Holmes』の「事件」というのはいかが。どうやらcase(事例、事態、事件、訴訟、症例、実情etc.)には対岸の火事でなくわが身が(想い浮かべているにすぎない時でも)その禍中にあるコトといったニュアンスがあるらしい。わたしの十代のバイブルだった湘南や横浜の暴走族をモデルにした漫画のせりふでよく「そいつァコトだぜ」などとあって、あたかも読者のこっちまで起こりつつある事態のキナくささに包まれてあっちとこっちのさかいがなくなる。英訳でもこの肌感は保たれているが、論理学はその習性としてこのコトをがらす・ケースに容れ死物化してしまう。ヴィトゲンシュタインがこのときやりたかったのは、論理の学でなく、論理を哲学するコトだ。この風狂いの哲学者が論理('A is B' is T/F)という水晶宮に籠り、内から死に物狂いで撃ちまくって覗けた虚空より降りきたったのが、わたしの見立てでは〈文法〉という不思議だった。発見者はこのコトを心臓に抱えて水晶宮の外に出て来ました。
そいつがどう起ったか知ってる─コトの始まりを見た/ハートを開け放ったら、世界が這入って来た「偽預言者」ボブ・ディラン秋とはなにか。前章♳を踏まえて、さきの一行目を飜せば「この世界はふるコト全てだ」夏のふゆまつりといいました。冬籠りしてものいみが完全になると〝物〟がふる。するとはる状態(全裸)で外に出て行く(はる)。夏の季(至まり)もこれと同じ事態が起ちます。
みそぎする河せにくれぬ、夏の日の入相のかねのその聲により天の川みなわさかまきゆく水の─はやくも、秋の立ちにけるかな実朝(金槐集)
気の遠くなるほど古いコトを追っているのですから最低でも万葉集の事例を訪ねるべきとこですが鎌倉三代目将軍のこの源実朝という歌人(もうほとんど詩人と呼びたい)には永遠のティーネージャーたるエディ・コクランも〝She's somethin' else(彼女はコトだぜ)〟とついうならずにはおけないほどのニホン語という河(〈文法〉)への沈潜力でもって水底より玉をひろいあげてきはる。この夏の季と秋の立ちとの二首はあとで〈肉体〉の……○(ダイヤル)でもとりあげますが、少し先回りしていえば、一首目、夏・西・暗喩軸(え・水)・聲と〈祭〉〈ここ/そこ〉〈肉体〉〈むすび〉の四つの○をひとからげに表現しています。母韻に注耳すると、かはせにくれぬ……かねのそのこゑにより、と(どれもか行音につづけた)えの韻律によって入相のかねの聲を響かせています。しかもこの入相の鐘はたんなる日没につかれる寺の鐘のことでなく西の海(〝河せ〟は海岸でもいいでしょう)の涯に沈みゆく日輪のイマージュが鳴り響かせる永遠の聲音です。四天王寺には現在でも春分秋分の日に「日照観」という和泉灘に沈みゆく夕陽を拝む信仰がのこっており、その縁起は空海によるとされていますが、仏教伝来(聖徳太子)はるか以前の民間信仰に実情は遡るとみてええ。
ここで肝腎なのが「みそぎ」です。〝河せ〟は川(みそぎの元は海岸でする海人族の習い)の瀬で『万葉集辞典』は「川の波の立てゝ流るゝ処を瀬といふ。瀬は始終動いてゐる。浅い場処。底は小石だ。『松浦河河の瀬光り鮎釣ると立たせる妹が裳の裾ぬれぬ』(巻五・八五五)。せは又、時・場合[case]と訳すべきのがある。『ちはや人宇治のわたりの速きせにあはずありとも後も我妻』(巻十一・二四二八)。古事記に『苦瀬にしづまむ時』」という。夏の季に土佐の海へんを旅したとき、わたしは海岸でみそぎする巫女をみた。夕風すでに寒き時に汀少し水に這入ったせ白の巫女服(裳か)でしゃがみこみぢっとものいみしてる。たしか金曜であくる土曜には田里のほうで刈りまつりがある雰囲気だった「Die Welt ist alles, was der Fall ist」大学七年生まで持ち越した必修単位のためテレワークで習初めのドイツ語でわたしは獨言したのを覚えてる「この世界はいまわたしの立ち会っているコト全てだ」そういう気持を口なじみのない韻律にこめて。英語でthe caseと訳される独語のder Fallをいま初学者向けの『ベーシッククラウン独和・和独辞典』でひくと❶(英case)❷(英fall)とある。英語のfallにはcaseに近い意味はない。『旺文社レクシス英和辞典』訳語一覧に【動】落ちる倒れる下がるなる【名】落下降ること転倒秋滝低下とある。der Fallのすぐ下にはその動詞形fallenがあり英語の動詞fallとほぼ同用。インターネットで語源を調べると原始ゲルマン語fallananに辿りつく。これが古英語に這入ってfeallan→fall今度caseを調べると、ラテン語cāsum(起こったコト)でcadere(降る)の過去分詞と出る。古フランス語をへて古英語cas→caseつまりドイツ語ではその祖語をそのままに受け継ぎ、海洋国イギリスではゲルマンとラテン両系の「降る、落ちる」転じて「起こったコト」を表わす猿似語が移民して現在のfallとcaseとにTPOの棲み分けがなったというコトらしい。
滝は落ちるのでいいとして、秋fallはどうしたかというと、どっかできいたことのあるよな話だからぜひしておきたい。十四世紀までは古英語hærfestは「作物を集める」という意味だったのがしだいに時期をさす名にもうつっていった(原始ゲルマン語のharbitasから来ておりドイツでは現在も秋はHerbst)十六世紀にこれがfallとautumnに置き代わり、英国ではautumnが残り、米国ではfallが残った。autumnはラテン語のautumnusが古仏語autumpneを経由して入った。羅autumnus(秋)はauctus(増加、augēre増やすの過去分詞)にひかれてかauctumnusともいう。これはエトルリアの変わりゆく年の神Vertumnusと縁があるかもしれないともいう()。前章♳に寄せれば、fallはふる、autumunはふゆに近い。夏→秋は、冬→春の繰り返しといった(https://www.etymonline.net/jp/word/autumn)。夏→秋も年越し〈祭〉で、ここに「変わりゆく年の神」がかかわってくるのも腑におちる。この神を〝外在魂〟〝物〟といっていい。インド=ヨーロッパ語族とウラル=アルタイ語族とはシンタックスを完全に異にする。が、語の音韻世界と民俗とに降りてゆくと、少なくも無関係とはいいがたくなってくる。幻惑にものいみ試される瀬戸際だ。ひとまず我に還るといいましょうか〈文法〉に立ち会ってみたいとおもいます。なつという音韻はどこから来たか。ふゆ・はるの時とちがい、わたしの探したかぎり折口信夫も夏の語源について一言も述べていない。わたし自身、ここ一年ほど拘泥しましたが、これというに足る事例は文献にも民俗にもちっともみつからない。が、言葉という物にこちらの(こうであってくれたら)を恣なすりつけるわけにもいかない。夏が「カ」でなく「国語」と考えられる以上はなづさふ奥がある。ここで国(語)学でも文献学でも言語学でもないPOETIX(保健学か)に則って「作業仮説」を立てれば〈肉体〉の……○の暗喩軸(え・水)と〈祭〉の○の夏とはアナロジカルになづ
「なづさ・ふ拘泥して早く行かぬ。水中一処に滞るといふ意にも使ふ。『やくもさす出雲の子等が黒髪は吉野の川のおきになづさふ』(巻三・四三○)」以上『万葉集辞典』は折口信夫の処女著作『口訳万葉集』の別冊として企画執筆され、両者とものち三十六年にわたる研鑽で自身乗り越えた所も多いといわれる、が、文章はそう簡単でない。以下『口訳』より「出雲の処女の黒々とした髪は、吉野川の川の真中につかって、藻のように靡いている」原文詞書に〝溺死〟とある。この人麿作歌には和製おふぃーりあともいうべきイマージュがある。折口の前任者・本居宣長は『玉勝間』で「万葉集に、なづさふという言、あまた所に見えたり、昔より此詞をときたる説、みなあたらず、今その歌どもを、あまねく考へ合するに、或は海川などにうかべること、或は船より渡ることなどにいひ、枕詞にも、引綱の、鳥じもの、にほどりのなどいひて、いづれも〳〵、水に着くことにのみいへり、水によらぬは一つもなし」『口訳』では折口もどこもこの宣長の水説を採っているが『辞典』ではあえて「水に着くことにのみ」といわず〝拘泥して早く行かぬ〟の意味を前に出している。まだこのなづさふからなつまでは浮かぶ瀬もなづさふ船もない。なづという語根を同じく万葉集にもあまたみられるなづむ(渋り滞る「水・雪・草などに足腰を取られて」
)とから想定しても「民間語源説」をちいとも出ない。〈祭〉に立ってふゆ・はるの場合と同じく(『岩波古語辞典』○)あきとつがいで考えねば立つ瀬がなくなる。前頁へなづさひわたると、柿本人麻呂、香具山で人の死骸を見て悲しんだ歌426 くさまくら旅の宿りに、誰が夫か、国忘れたる。家待たまくに旅の泊りに寝て、家を忘れている人は、誰の夫であるのか。家では、さぞ待っているであろうに。(人麻呂には神の心が見える。単なる同情ではない。)
ちょっと想像してみていただきたいのですがこの『口訳』は壮年控える無名の元教師が、大阪からともなって面倒みている(ちょうど今の吉本の芸人さんみたく)元教え子の一日三人交代で底本につかった万葉集の歌をよみあげるのを口ではしから訳していったわが国最初の現代語訳万葉集です。想像する場面はクイズ番組(関西圏ではやらないそうです)〔問題(…デーデン)〕〽︎くさまくら旅の宿に……静寂…〔回答(ピンポン…)〕「旅の泊まりに寝て…」…沈黙…ここで了ることもあれば、口語の韻律に激したようになって、あるいはそれを鎮めるように時雨「人麻呂には神の心が見える。単なる同情ではない」沈黙(まるかっこがかりのねざめのヴォイスで)『口訳』より百二十年、こんな遣り方で訳された万葉集は絶後です。人麻呂の見た神の心をみる目をもった訳者も。ここにくさまくら…の歌ですが、いやこの歌に限らずたれのコトかニホン語はいわずもがなで通します「学校文法」で習う「主語」がない。なぜないかといえば〝必要ないから〟なくてわかる(なにが?)からです。
もうここ六年なにをするにもわたしはVTuberの方々の歌やニホン語でのおしゃべりをききながらしますが、ときどき注耳しておりますと(平生ニホン語話者と生身で関わりのある方はその人たち相手でも結果は同じでしょうが)じつに「主語」なく豐かに話しておられる。そしてこちらもそれを了解できてしまう。むしろ、聴き手の側で掬えるというほうにケースの要がありそうだ「今、石牟礼[道子]さんからびっくりするような、招介を受けました森崎[和江]です。ここに来て、心中ニヤニヤしたりあきれたりしていますけど、どうも「暗河」[同人雑誌]の人というのか、熊本の人というのか、サギ師ではあるまいかと思って。先ほどの会合では以心伝心で「暗河」を出しているという話でした。わたしにはその以心伝心の内容が一向に伝わって来ないものですから」
想像してみるにここでは聴衆の〝「暗河」の人というのか、熊本の人〟たちは脊髄反射で笑ったとおもう。話はじめでこういう憎まれ口を叩くのはニホン語の〈文法〉においては〝以心伝心〟の挨拶と同じなのだ。が「植民地であった頃の朝鮮慶尚来北道大邱府三笠町で生まれ」「生後十七年間、朝鮮で暮らした」「内地人〔本土のニホン人〕が植民地で生んだ」「このくにで、生まれながらの何かであるという自然さを主観的に持っていなかった」(「敗戦後の母国」『慶州は母の呼び声』)詩人にとって、その〈文法〉は〝サギ師〟のやりとりにしか聞こえない。内輪へ外からやってきた者はけっして〝以心伝心〟の冗句などいえない(それはユーモアとよばない)のみならず詩人というやつは(小説家とちがい(上手な題名や書き出しが挨拶))かりに単一母語圏内だとしても挨拶という挨拶が(俳人ともちがい(十七音発句が座への挨拶))出来ない。このときの森崎さんはいわば四重苦でまだユーモアまでもてなかったし、イロニーにでる余裕もない絶体絶命だった。思ったことをいきなり口にするコトなどいまでさえニホン語の〈文法〉にはない。〝熊本の人〟になって続きをきく「いったい、これは何なんだろうと思ってみつめていたんです。みつめていても一向に分らないんで、やっぱり他所ものだなあと、さみしくてたまんないんですよね。ところが、にこやかに石牟礼さんは、わたしを紹介して下さって……。なかまのように、さらさらと」みなまで言ってもらわないと分からない、対話にならない、さみしい……と彼女はいう。もしかすると聴衆の多くはこのとき生まれてはじめて他者を目の前にしたかもしれない。しかもこの他者は、じぶんたちとたぶん同じ血の流れを多くくみかつ似たような言語を話している。そしてこう思ったかもしれない〝いったい、これは何なんだろう〟〝やっぱり他所もの〟かなあ。このシーンにいわあせているのは〝熊本の人〟と森崎さんとわたしたちだけではありません。ニホン語もいっしょにくるしんでいる。
森崎さんの分からないは、極言していえば和歌が分からないよといっている。その〈文法〉が分からないといっているのだ。アメリカ留学帰りの母の宰領する個人主義家庭で育ったなどといってもきたわたしだが、はてさてついこのあいだにも池袋駅で降りまた乗るとき、ICの出場記録がついていなかったので窓口の駅員さんに「きょうのお昼ごろ品川駅から来て出たんですけど出場記録がついてなかったみたいで……」即座に了解されて「入れるようになりました」改札をとおり(まーたやってるよ……)とおもう。ついうめきがでる。いまはむかしニホン語に「片哥」という形式ありまして一人で五七七……それにもう一人が五七七かつ同じシンタックスでもてかけあう(主に男⇄女(その前は神⇄地霊)で)これを一人でやるようになると「旋頭歌」となって(万葉集巻十三にみえる)この五七七\五七七の二番目の七が融解し(別に長歌の結びの五七七の影響もありつつ)五七\五七七の短歌形式が成立する。五七\と一回折れ曲がるので「五七調」といい万葉集に主にみられ枕詞や序詞(下の心をいうための比喩といまはしておく)がここに入る(五七五七\七の場合もある)「片哥」の頃のかけあいは三十一文字を送り合う「贈答」という形でのこった(いまはLINEやメールやチャット、またはお中元や年賀状などのうちにかろうじてこの心性は保存されている)平安初期百年の文学暗黒時代にこの風習はより生活化していたと考えられる。古今集ではすでに枕詞や序詞がなくなり五七五\七七の「七五調」に替わっている。「贈答」愈々健在。そしてわたしの「……」をくんで駅員さんも出場記録をかいて「入れるようになりました」と〝以心伝心〟かけあってくれたというわけだ。わたしの母方の祖母(山形出身)はこれを嫌っており「いまの子はみんなこぉだから意味不明でわたしゃ困るのよ」が、事実はイマどころか上古以前からコォだった。わたしも和歌が分からない口と思ってきたが、サギ師の手口だった。
草枕羈宿に、誰嬬か、国忘れたる(有)。家待まくに草枕羈宿尓誰嬬可國忘有家待真國「『待たむ』から『待たまくにあり』という語法ができ、プレディケートを省略する。それが『待たまくに』だ。待つだろうことである、という意味」省略(一旦そう言っておく)ので「待つだろうこと(なの)に(忘れてある)」という反語による詠嘆でなく(『折口信夫全集ノート篇』第十巻)「待つだろうことで(ある→省略)」と直訳するとわかりやすい。だろうことがまくなのは、むmu+a(後述)でニホン語では母音連続がつづむのでuが溶けmu+aku→makuいまのニホンの義務教育の「こくご」カリキュラムでは小学校二年で「主語」「じゅつ語」を習う。これは明治以降、英文法を鋳型として現東京大学の国語学閥を中心に鋳造された「学校文法」に則っている。英文法の基本はSVだ。体言(「名」詞、句、節、「代名」仝)
に動詞(用言は活用に注耳するのでいまは関係ない。動詞+形容詞にしてもまず第一に動詞がなければ話にならないという重点でここは動詞とする)がくっつくのが文の基本だ。この基本にかかるメインの体言subjectを「主語」、動詞verbを「じゅつ語」と翻訳している。さきのプレディケートはこの「じゅつ語」にあたる。折口があえてこう言うのは、これはこうだ(である)と言い切るニュアンスを込めたかったのだとおもう(それと折口をしてカタカナ語でいわせるほどは国語から疎遠になっているとの)、そしてニホン語にはそれを省略する傾向があると。ただ言わずに了う、いい方をかえれば、言わずに了えるのであって、省略というと基本形からさしひく意味で、そうでなくて、ニホン語において基本形はあらわでないから省略といわないほうがよく、表現のエコノミーでそうするのでもなく、わたしたちがPOETIXでいうところの〈心〉の○でかむかふべき、宿命にも似た無意識の傾きがある。相手が相手だけに省略にかわる言い方をこちらもまだ提案する用意がない。それがいいかわるいかも、いいところもあればわるいところもなきにしもあらず、というほかない。ただその事例のあるコト……お!や?するとニホン語におけるいわゆる「主語」は文脈上必要なときしか姿をあわらさないし「じゅつ語」は言われずに了うコトがあり、英文法において(仏文法でも独文法でも……これを基本とする言語は世界中に八つしかない。スウェーデン語デンマーク語ノルウェー語オランダ語ドイツ語英語、ラテン語派生のロマンス諸語中ではフランス語と消滅寸前というスイスのロマンシュ語のみ(金谷武洋))その代役のきかない看板を(それぞれの意味合いは別でも)無くて了える(表現の完全を期せる)同じ見せ物でも能とオペラくらい違う「言語ゲーム」を同じ面でやれというのと同じことをガキあいてに寿限無寿限無やってることになる。当然、教える側ふくめ、だれもが文法はサギとは気づいてる。気づきながら足を洗えずにいる。いやサギを「サギ(である)」とプレディケートできずてめェで溺れてる。のみならず学校の教える「英文法」さえも無用の長助とだれもが思ってることならちょっと前の「PPAP」の大ヒットが教えてくれた。ペンパイナッポーアッポーペン!は体言が体言だけで連弾して文なせる五劫からの〈文法〉と音韻のここちいい畳かけ(韻律すなわちフロウ)が「文法」の試験を通らずに(〈文法〉の関は通過して)構成に乗って歌意のようなsomethin' elseを全したニホン語の英語に思い出させた美といってよく、遣る瀬のない「英語」の教科書(情報商材)の例文をくすぐっただけのネタではなかった。「学校文法」の裸っぷりを嗤うのはいい。なら文法(一般)まで蹴飛ばしていいのだろうか。
ぜんたい文法はなんのためにある。いつどこで必要になる?自分を知り他者と出逢う瀬[時勢に即し外国人といってもいい]。そして自分を知ろうとしない織姫にしんじつ彦星との逢瀬を期待するコトはかないません(あいたたた……)なかまのようななにかならできるかもしれない。けどそれはさみしい……
愛する人とおい原始の野に立ち黙している人よ。山間の祭りに火が燃えてどよめきが林をうつるひそかに瓦の呪詛をぬけて今宵はだしで待っています。ここには他者にひらかれたプレディケートがあります。きちんといいきって返事を待つ(「朱と緑の肖像」最終聯 森崎和江)。初期の詩です。森崎さんはさいごに(はじめにでなく)本懐を遂げられるタイプの詩人にいらっしゃいました。「叙述語を切り捨てゝ了ふ理由は訣らない。ともかく、入り用な、大事な部分を切り捨てゝしまふのである。此傾向が、どこから出て来るかと言ふ事を考へる事が大事だ」戦後晩年ちかくに折口信夫が通信教材として口述筆記したこのテキスト(『国語学』)はわたしには一葉の置き手紙にもおもえる。そこで最後にとりあげているのがこの省略というコトであった。平安期には雅文化の花とされる源氏物語でさえ「あさまし」「をかし」「かなし」「あはれ」の「あさましく……なり」「をかしく……なり」「かなしく……なり」「あはれに……なり」とつづくべき叙述部分が失われて、副詞的に感情の程度を示すにすぎない片割れ詞が叙述語として扱われるようになる。この省略の傾向は令和現代にもあさましく健在であって例の「えぐ(い)」「やば(い)」「メロ(い)」「エモ(い)」なのだが、みごとにクラッシックな国語表現だと認めよう「えぐく……だ」「やばく……だ」「メロく……だ」「エモく……だ」と表現すべきプレディケートを軒並み〝以心伝心〟まかせにする。この習性が〝どこから出て来るかと言ふ〟とそういう生理がア・プリオリにわたしたちの心に種としてあったのでなく「かうした語遣ひが、我々の気分の上に、さう言ふ習慣を作って来たのだ」
またこの習慣が「かうよろづのつゝましさを忘れぬべかめるをしも〔かようにさまざまの遠慮を忘れてしまいそうであるようなのをそれこそ、〕」というような助動辞(詞)の発展・プレディケートなき動詞ニュアンスの子細化をうながすこと(「東屋」『日本文法体系』藤井貞和より)にもなったという(現代のわたしたちにとってそれより前の万葉集よりはるか源氏物語の原文のほうがむずかしく感じられるのはこのためだ)〝習慣を作ってきた〟というからには源氏物語の突然変異でなく古今から公然と進んだ詠歌の副詞撰択の意匠化が人事を設いた。視方によれば世界文学級ともいえる高度な長篇ロマンを績んだいみじき文化資本ではあるが、これは「或点から言へば、大きな弱点にもなる」「たとひ文学的には優秀性を明らかに持つてをつても、言語には尚、科学性の深い論理が重要なのである。おそらく、日本語の今後の行くべき所は、助動詞の発生原因が示してゐる様に[単体では意味をなさない機能語なので『日本文法体系』参照]、気分を豊富にし、感動を豊かにこめ、判断をきつぱり言はないと言ふ様な点から、脱却する必要が多いのだらう。それは助動詞[辞]の表現に対しての、反省と言ふことが必要だと思ふ」無実のまま古黴の生えたようなサルトルの「実存は本質に先立つ」という言葉をここでとりあげてもいい。惰性からそうなっているにすぎない因襲を「伝統」と名づけこれになづんでみたり誇ってみたりしてみてもそれは内部の腐朽しかよばない。来客を拒否するうちは腐臭にうづもれてゆく。もいちど屍を活きづかせ外に咲かせる命が♳にいう折口の〝物〟〝外在魂〟でした。プレディケートを省略する不安から源氏物語の「もののあはれ」(本居宣長)を開け放った花咲爺じいがいます。世界文学として通用するニホン語の宝・源氏物語と肩を竝べる、いや凌駕しているのは「いひおほせて何かある(いいきったところで何がのこる)?」(芭蕉)精神もつHAIKUだろう。いわばこれは心閉ざす(省略をいま反省して)本質を心臓開く沈黙の実存にふゆ籠りまたしふるコトはる(ものいみのはれ)まつりだ。伝統を守つとは、このコトを何度でも何度でも全たしつづけるコトでしかありえない。でなければそれは空虚になづむ。「みそぎ」とはしんじつこのコトであった〝拘泥して早く行かぬ〟タレガ?魂が「中昔のころには、盆という時期は、死人の魂が戻って来るとともに、無縁の亡霊もやって来ると考えた。少しでも、亡霊を嫌がるそぶりを見せると、また戻って来ると考えた。戻られると厄介だから、(…)名残り惜しい名残り惜しいという意味を口に唱えるが、実は噓で、そう言いつつ追い払うのである」執筆中。ここからJBと清志郎のマントパフォーマンスで、なかなか帰ってくれない。あのしつこさ、夏、みそぎ、をつなげていく。