フィールドワークとして生きる

村上 陸人

 やりたいことを言葉にして言いふらそうと思った。胸のうちに秘めていても何も起きないし、考えが深まるわけでもない。言いふらせばいつか仲間が増えるかもしれない。

事例一
 暇なのでこの会社での僕の野望について聞いてもらってもいいですか、と口火を切った。人類学という、地に足のついた他者との向き合い方が好きで、生き方として実践したいと思っている。それは日常をフィールドワークとして生きることである。仕事をするということ自体も一つのフィールドワークである。特定の職場やそこにいる人々について、経験を通して理解を深める営みである。仕事の内容にもフィールドワークを盛り込みたいと思う。知りたいと思う対象とともに暮らすことで新たな気づきに至るようなフィールドワークは、いまのところこの会社で仕事として確立されていない。フィールドワークの事業における意義を伝え、仕事として広めていきたいと思う。そのために、この会社にまずは調査の価値を認めさせることから着手している。そんなことを話した。

事例ニ
 大学ではどんな専攻だったんですか、と聞かれた。人類学を勉強したこと、その姿勢が好きで、生き方の指針にしたいと思っていることを伝えた。植民地を統治するために現地社会を理解する目的で始まった営みが、自己反省を繰り返して地に足の着いた哲学となっていく経緯が、不完全さをはらんだ人間の成長のように感じられる。相手をより深く知るために、相手と生活をともにして自己変容し、変容を通して理解を深めることは、机上の空論ではなく身体的な学びで、無機質な実験室から打ち立てる事実よりも結婚生活や家族・友人関係からの学びに似ていてる。生々しい現場に真摯に向き合って理解を深めることをリスペクトするし、自分自身も生き方として実践したいと思う。そのために、真摯に相手への理解を深めることがビジネス文脈でも意義を持つ世界をつくりたいと思っている。つまり、人類学的な営みを仕事として立ち上げたいと考えている。会社のなかに、探索的な調査をする遊び場をつくり、段々と探索の度合いを深めていきたい。そんなことを話した。

 言いふらすのは恥ずかしいが、気持ちいい。仲間が増えればそれでいい。まだ、増えるかどうかは分からないけど。

目次へ