この町と僕と世界のはなし

金輪際 茂男

Ⅰ A君のシャツイン

 A君は変わり者だ。いつも落ち着いた色のスリムなズボンを高めに履いて、そこにチェックのシャツの裾を律儀に入れていた。あってないような小学生ファッションのしきたりの中にしても、それはお世辞にもかっこいいと言えるものではなかった。
 フラッシュ暗算が特技で、僕は未だに彼より計算が早い人を見たことがない。数をこねくり回すのが好きで、100円ショップの前を通りかかる度に、「なあ、95と5/21円ショップがあればいいとは思わないか?」と言っては、ニヤっと笑うのだ。(この当時、消費税は5%だった。)
 人と話すときもどこか上の空というか、何か本人にしか見えてないものを見ながら話すようだった。きっとそれは数の世界のように抽象的な、彼にとってはごく自然なものだったに違いない。いつもどこか居心地が悪そうに見えたのは、きっと彼の落ち着ける場所は、そんなステキな世界の方だったからなんだろう。
 僕はA君が好きだった。A君がする話はいつも理屈っぽくて難しく、同級生達はよく煙たがった。そんな彼の話は、どこかここではない世界の入り口のような、と言えば大袈裟だが、控えめに言って、僕にとっては魅力的だった。

 小学校を卒業した後、初めて彼の姿を目にしたのは年賀状の中だった。おめでたさを演出するポップな文字の横で、彼は律儀にチェックのシャツの裾をズボンの中に入れていた。どこか居心地の悪そうな表情、そして堅苦しい服装と周りのフォントとの落差がおかしく、どこかホッとした。相変わらず、A君は変わり者だ。

 僕の引っ越しのせいか筆不精のせいかは分からないが、いつしか年賀状の交流も途絶えた。次に彼を見たのは5年後の総合病院の大きな待合室の中だった。相変わらず落ち着いた色のスリムなズボンとチェックのシャツを纏っていて、まるであの頃のままの服装だった。ただ一つ、シャツの裾がズボンの外に無造作に放り出されていたことを除けば。その時どんな会話を交わしたかは覚えていない。ただ、あまり長くはなかった立ち話の間、彼はずっとお腹が痛いような表情で僕の顔をじっと見ていた。バツの悪いような心地で互いに別れたのを覚えている。それ以来彼の姿は目にしていない。
 街を歩きながら、チェックのシャツをタックインしたマネキンが目に入ると、思うときがある。A君は今でも変わり者だろうか。


Ⅱ 私の身体は私の所有物か

 この文章の大半は、リバタリアニズムという政治思想・政治哲学上、及び倫理学上のある一つの立場の概説に充ててある。後半ではリバタリアンが自説の根拠として持ち出す、身体の自己所有の問題に分け入っていく。リバタリアンのみならず、多くの人々は、「私は私の身体を所有している」ということを無意識に自明だと考えているようである。しかし本当に、そうなのだろうか。
 まず、なぜ紙面の大半を割いてまで、リバタリアニズムの概説を試みるかについて言及しておこう。それは、ある命題の真偽と、そこから導かれる帰結は、論理の観点では後者が前者に依っているが、重要性の観点では前者が後者に依っているからだ。言い換えれば、ある命題の真偽が検討に値するほど重要だと思えるか否かは、その命題から導かれる帰結を重要と思えるか否か次第なのである。
「私は昨日の晩にパンを食べた」という命題の真偽を、誰も気にも留めないだろう。それはその命題が真であっても偽であっても、大した帰結に繋がらないからだ。「近々、世界情勢を大きく揺るがすような核戦争が勃発する」という命題の真偽は、1962年、大半の地球上の人々の関心を集めただろう。その命題の真偽は間違いなく、人々の人生を大きく変える帰結に関わるからだ。
「私は私の身体を所有している」という命題の真偽が重要と思えるかどうかは、その命題によって導かれる帰結(例えば、「リバタリアニズムは正しい」)の重要性に依っている。よって、身体の自己所有に向ける私の関心を読者に共有するには、そこから導かれる(とされる)帰結の一つである、リバタリアニズムを知ってもらうことが手っ取り早い。リバタリアニズムの主張が、読者にとって、―その支持にまわるにせよ批判にまわるにせよ―重要な何かを有していると信じて。
 
 さて、リバタリアニズムという立場を既に知っているだろうか。自由至上主義と日本語に訳されることが多いこの単語は、端的に言えば個人の自由を可能な限り最大限擁護する政治思想・政治哲学上の立場を指す。また、この立場をとる人のことを、一般的にリバタリアンと呼ぶ。
 リバタリアンとされる人々は、その主張において一枚岩ではないが、彼らに共通する基本的なテーゼは、「各個人は、他人の自由を侵害しない限りにおいて、その身体及び財産を自由に使用する権利を有している」ということである。一見当たり前に受け入れられそうな主張であるが、彼らの特徴は、個人の自由を何よりも上位に置き、故にこのテーゼを徹底する姿勢である。
 最も過激なリバタリアンはあらゆる課税や徴兵を批判する。なぜなら私の同意なしに私の財産や身体を奪うことは全て盗みであり、不正であるからだ。もう少し穏健なリバタリアンであれば、最低限の課税は認めるかもしれない。それは、各個人が自らの身体と財産の自由を不正に奪われることがない状況を作り、かつ、もし何かしらの不正が既に起きた場合には、それを不正が起きる前の状態に戻すべく補償を強制させる制度のための課税である。具体的にはそれは警察と司法の機能のみをもった国家と、そのための最低限の課税となる。これらはあくまで、個人が自由に身体と財産を使用するために必要なのである。
 同じ理由で彼らは強制的な富の再配分も批判する。私が正当に所有する財産は私のみが自由に使用する権利を持っているのであって、それを侵害することは不正であり、盗みなのである。貧富の差が緩和されると消費の総量が多くなり、社会にとって、もしかするとその社会に属する全ての人間にとって、結果的にそれは利益となるかもしれない。しかしだからといって、その手段として盗みが正当化されることにはならない。
 日本における国民皆保険制度も当然批判される。万が一のことを考えれば、誰もが保険に入っている社会の方が人々は安心して暮らせるかもしれない。それによって人々は自らの仕事により専念することが出来て、社会全体は豊かになるかもしれない。また保険や医療といった不可欠な社会インフラは、完全に民営化されるより、非営利的な(例えば国営の)組織が行う方が加入者の利益になるかもしれない。しかし加入を強制することは不正である。それは私の財産を盗むことに他ならない。
 ここまでの例で分かる通り、リバタリアンは、社会の利益や個人の利益よりも、個人の自由を重視する。結果的に社会や個人の利益になろうと、その手段として盗みが含まれている限り、課税も保険の強制加入も、徴兵もすべて認められないのである。
 もちろん、全てのリバタリアンが、社会や個人の利益を軽視しなければならないわけでない。富の再分配を促進することや、安定した非営利的な保険をつくること、国民を守るために軍隊を組織することを、リバタリアニズムの立場を捨てずに支持することはもちろん可能である。ただし再分配も保険の加入も軍隊への参加も、個人の自由な選択によって選ばれなければならない。課税ではなく寄付を、強制加入でなく自由加入を、徴兵制度ではなく志願兵制度を、リバタリアンは支持するのである。
 主に政治思想、政治哲学の議論において登場するリバタリアニズムは、隣接する倫理学の議場にも当然登場する。議場が変わったからと言って彼らの主張が何ら変わることはない。「個人の自由に任せろ」である。この主張のシンプルさゆえに、様々な議題に関して一貫した明確な立場をとることは、リバタリアニズムの強力な魅力である。自殺も売買春も臓器売買も、異性婚・同性婚も、夫婦別姓・同姓も、他人の身体や財産の自由を害さない限り、個人の自由であり、それを規制することは全て不正である。さらには被害者がいない行為を犯罪化することもまた不正である。薬物規制は個人の自由の明確な侵害である。
 富の再分配や保険の話でも同じであったが、リバタリアニズムは右に挙げたような行為(自殺、薬物使用、売買春etc.)を善いとか悪いとか言っているわけではない。同じリバタリアンであっても、そういった行為を支持する人もいれば、控えたほうがいいと考える人もいるだろう。しかし彼らは声をそろえて「それは個人の自由に任せろ、規制するな」というのである。

 ではリバタリアニズムは正しいのだろうか。ここで言う正しいとは、倫理的に正しさ、つまりリバタリアニズムの主張は善いか悪いかではない。リバタリアニズムの主張は論理的に正しいのだろうか。
 彼らの主張は「個人の自由を侵害してはならない」というシンプルなものだ。誰かの自由を侵害しない限りにおいて、各個人は最大限の自由を保障されるべきである。ではその根拠は何だろうか。
 リバタリアニズムの議論は、結論に負けず劣らず、根拠もまた、シンプルなものである。それは、「私は私の身体を所有している」という明白な事実である。「私は私の身体を所有している。ゆえに、私が私の身体を使用して行う労働も、私の所有物である。当然その労働の成果も私の正当な所有物である」。かくしてリバタリアンは、「私は私の身体を所有している」という明白な事実から出発して、個人の身体の自由と、財産の自由の両方を正当化するのである。(ジョン・ロック流に言えば「労働を混ぜる」となるのだろうが、この際それはどうでもよい。)
 さて、この議論は一見何ら問題が無いように思われる。それは、おそらく「私は私の身体を所有している」という出発点も、また、「労働の成果は、その労働をした人のものだ」という結論も、私たちの自然な直観に偶然合ってしまっているためだ。だが実は、自明とみなされていた、その出発点こそが疑わしい。
 検討を始める前に、まず所有という用語を整理しよう。一般に「Aという人物が、Bというものを所有している」とは、具体的にどのような状態を指すのだろうか。それは「Bを使用することも、処分することも、譲渡することも、Aの自由である」と記述し直せる。
 ところで、「ある自由を持つ」ということには、「それが出来る」ことが含意される。死者に生存の自由はないし、自己意識のない岩に自己決定の自由はない。原理的に不可能なことに対し、自由は持ちえない。
 さてここまで準備が出来れば、あとは先の例に当てはめればいいだけである。本当に、「私は私の身体を所有している」のだろうか。これが正しい記述であるならば、私の身体を使用することも、処分することも、譲渡することも、私の自由であることになる。自由であるならば、私にはそれが可能なはずだ。私はあなたに私の身体を譲渡できるだろうか。片腕や眼球程度であれば、それも可能である。しかし私が私の身体全体を所有しているならば、脳やそれに伴う意識システムすら含めた身体全体を、あなたに譲渡できるはずだ。言わずもがなこれは不可能だ。なぜこのような矛盾が起きてしまうのか。
 それは、私と私の身体の関係は、私と私の消しゴム、私と私の車などとは異なる関係であるからだ。私と私の消しゴムは互いに独立した存在である。その消しゴムを処分したり、譲渡したりしたところで、私はなお存在できる。しかし私は私の身体なしでは存在できない。私の身体は完全に私の自由などではない。「私は私の身体を持っている」のと同時に、「私は私の身体である」ことも、また事実なのだ。私と私の身体の関係は、非独立で特殊な関係なのである。
 やや回りくどい否定の仕方になってしまったが、結局のところ、人と物との関係の中では自然に成り立つ概念を、人とその人自身の身体という、全く異なる特殊な関係の中に当てはめることは、論理的にも、事実の記述の仕方としても、誤っていたのである。

(この補足はやや専門的な内容になるので、段落ごと読み飛ばしてもらっても構わない。厳密に言えば、「AがBを持っている」ことと、「AがBに対して所有権をもつ」ことはイコールではない。前者が事実に対する記述的な命題であるのに対して、後者は「AがBを持っていることは正当である」という規範的な命題であり、両者の間には明確な乖離が存在する。リバタリアニズムはその出発点で、「私は私の身体を持っている」という事実を、「私は私の身体に対して所有権を持つ」、つまり「私の身体は私の自由であるべきだ」という、一種の規範にすり替える誤謬を犯している。この意味でも、リバタリアニズムは自明な事実から推論を始めているわけではない。)

リバタリアニズムの主張が正しいかどうかは、身体の自己所有権の正しさのみにかかっているわけではない。しかし、その出発点に誤りが含まれているならば、そこからの推論すべてに疑いが生じる。そしてまた、身体の自己所有は、なにもリバタリアニズムのみが持ちだす根拠でもない。自由を擁護する様々な陣営の主張の中に、それは見つけることが出来る。また政治哲学や倫理学のみでなく、私たちは日常の様々な場面で、それを当たり前のように考えている節がある。私たちが無意識にもつ直観を根拠として差し出されると、一見それは正しい主張のように感じられる。しかし、そんなときこそ、自身の無意識な直観に疑いの眼を向けるよい機会である。私と私の身体の関係を見つめ直すことは、「私は何であるのか」という問いに、手がかりをくれそうである。


Ⅲ 騎兵隊

秋も暮れゆく午後、散歩をしていた。大きな公園の真ん中を横断する並木道から外れ、低い縄の仕切りを越えて原っぱの中へ歩を進めていた時、騎兵の小隊が左手から現れた。長い戦闘の後らしく、装備は傷つき、彼らの姿勢と表情からは深い疲れが見て取れた。先頭を進む隊長が私に問う。
「敵はどこだ、敵はどこなのだ、教えてくれ」
「失礼だが、あなた方は傷つき疲弊しきっている。まだ戦いを続けねばならないのか?」
「いや、戦いは既に終わった。我々は確かに辛くも勝利を勝ち取った。つまり敵を教えてさえくれれば、我々は命も惜しまずにそこへ向かって駆けていくことが出来る。体に残る傷はその証だ。さあ教えてくれ、敵はどこだ」
「死に場所を求めているなら、残念だが私に訊くのは見当違いだ。」
「死に場所?なんたる侮辱か。我ら騎兵隊は日々弛まなく修練し、いつなんどきも勇敢なる騎兵隊なのだ」
なるほど、どうやら彼らを勘違いしていたようだ。それで私は背を伸ばし、毅然としてこう言わねばならなかった。
「あなた方の夏は既に過ぎ去ったのだ。勇敢なる隊長殿、さあ誇りをもって解散の号令を。そして号令がかかったのならあなた方は散り散りに馬を駆け、各々が地平の向こうに消え去るまで決して振り返ってはならない」
隊長は馬上から恨めしさと軽蔑を込めた目で私を睨みつけた。
私はくるりと背を向け、先程の並木道まで戻ると、またしばらく散歩を続けた。
随分長い間歩いたもので、陽が傾き、家に戻ったときにはいささか疲労感があった。階段を上り自室に入ると、コートを掛け、椅子に深く座り、身を委ねた。突然閉め切った窓からからっ風が部屋に吹き込み、私は溜息を漏らした。

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